にほん数寄 『うつわ』その4   

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ベロ藍の印判手。

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 古伊万里は断然、染付がいい。赤絵とか金襴手は華やかすぎてどうも苦手だ。買い始めた頃いくつかは手を出してはみたものの、結局長いあいだ愛用しているのは藍色の染付なのである。どうしてこんなに染付に惹かれるのだろう、と考えたことがある。「藍」という色は、日本の藍染めをたやすく連想させる。淡いのに深く豊かな色は、なにか日本的心性の奥底にあるものを揺さぶるのである。藍染めに使う藍は植物で、染付の色を表現するのは鉱物という違いはあっても、同じ日本の手仕事の色だからだろうか。

 染付の色を出すのには呉須という藍色の染料を使う。多くは中国から茶碗薬という名で輸入されたようだが、原料となる呉須土は瀬戸近辺でも産出されたと聞く。原石を砕き、粉末にし、磁器に文様を描き、釉薬をかけて焼くとあの独特の藍色が現れる。主成分は酸化コバルトで、鉄やマンガンなども含んでいる。中国では染付を青花と言うが、その色は藍ではなくむしろ鮮やかな青、完璧な青という感じがする。日本の染付に淡く枯れたような味わいがあるのは、同じ染料を使っていても釉薬に使われた植物の微妙な違いによるものだろう。景徳鎮はシダの葉を、伊万里はゆすの木の皮を使ったという。まさしく、日本の風土から生まれた枯淡のジャパンブルーなのである。

 ところが、主張するクリアなブルーが現れた。明治三年にドイツから安価な酸化コバルト(ベロ藍)が輸入されるようになると、伊万里は一気に大衆化し、大量生産品としてベロ藍の印判手が出回ったのである。ベロ藍とはどうもベルリンの藍がなまったものらしい。呉須より鮮やかなブルーで、パッと目を引く軽妙さがある。印判というのは、江戸期の手描きではなく、銅板、型紙での転写によって柄をプリントするのである。手作業で転写するので、柄にムラが出たり、ズレたりしているのが、かえって味になっている。こんにゃく印判というのもある。まさか本当にこんにゃくに型を彫ったわけではないだろうが、こんにゃくに彫ったとしか思えないようなスタンプ風プリントのことをそう呼ぶ。だが、この大雑把さがよいのである。適当さにホッとする。これはこれで、コレクターもたくさんいるのだ。私も骨董屋めぐりをしているうちに、面白くてつい何枚か買ってしまった。

 写真の三枚のうち、左はベロ藍を使った染付、右の二枚はベロ藍の印判手である。なんとか手描きのように見せかけようとしているが、微妙どころか大幅にズレた図柄は印判バレバレである。だけど、そんな細かいことを気にしてないところが、なんともヌケていて、微笑ましく、愛嬌たっぷり。私も何も考えず無造作に使っているが、まったくびくともせず、割れもしない。あろうことか、ときどきは猫の餌皿にもなっている。実に愛い奴である。