にほん数寄 『うつわ』その5   

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瑠璃釉の皿。

th_写真[15]

 古伊万里の染付を近頃集めていると骨董好きの父に話したら、瑠璃釉もなかなか捨てがたいぞとこの皿をくれた。もう二十年くらい前のことである。八寸皿と呼ばれる使いやすい大きさで、まさしく瑠璃の色をしている。三枚しかないというのも気に入った。

 瑠璃釉は瑠璃呉須とも呼ばれている。呉須を直接刷毛で塗り、その上に石灰釉薬をかけまた呉須を塗る。これを何回か繰り返し焼くことで、瑠璃の色を表現するのである。何度も塗ることから、塗り呉須とも呼ばれているそうだ。

 この皿をはじめて見たとき、海の色だと思った。私は瀬戸内海に面した高松市で育ち、(といっても実際は県外の学校から帰省するときにはじめて、瀬戸内海のおだやかさと美しさに気づいたのだが)海といえば真っ先に瀬戸内海の何とも言えないやさしいブルーを連想する。が、これは瀬戸内海というよりは、むしろ日本海の力強く深い青を連想させる色である。いや、実際は、玄界灘を望む地で作られたのだ(ろう)から、日本海から東シナ海を含む大海の色であろう。当然、対馬海流も含まれており、その青は深く底知れない。単純な青ではないような気がする。日本と朝鮮半島の境界にある海。そこには歴史の底に横たわり、葬られて来た小さな物語がたくさんあるだろう。あるいは朝鮮から連れて来られた陶工たちが古里の海の色を偲んで再現しようとしたのかもしれない。そんなふうにこの青は、想像の翼を広げさせてくれるのだ。

th_瑠璃

 ところが、この青を陽の光にあててみると、印象はまたがらりと変わる。底知れなかった深い青は、たゆたう春の海のようなやさしい風情になる。均一だと思っていた表面には、とろりとした水の流れのような景色が現れ、伊万里の柔らかな肌合いとあいまって、何とも言えない優美さが生まれる。こんな効果を意図して釉薬を塗ったわけではないだろうけど、ふとしたときに作為のない美しさが出現するというのが無垢な手仕事の力なのだろう。

 この皿も普段の食事に何気なく使っている。たいていは休日の夜であるけれど、光にあてると古里の瀬戸内海のようなやさしさが現れるのなら、早起きして朝ご飯を窓辺でいただくのに使ってみたい。