千夜千食

第188夜   2015年2月吉日

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北新地「弧柳」

こんな良い店がこんなところにあるなんて。
いや、新地が広く奥が深いということだよね。
で、私がまだまだそれを知らないってことなんだけど。

 今夜はクライアント様との会食である。新しいプロジェクト推進のため、互いにやるべきことを再確認する場である。本当は個室というのが望ましいのだが、会食が決まったのが三日前である。探しに探し、ようやくこちらが予約できた。

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 よく知っている大阪・北新地の道を一本南に入ったところ。こんなところに、こんな名店があったのね。なんと、こちらは某グルマン機関で星を3つもとっているのである。いや、星3つの店もいろいろあって、銀座の某鮨屋なんて(私にとっては)最悪であったから、盲信するわけにはいかないが、ま、ある種の目安にはなるだろう。

 こちらはカウンター13席のみ。奥のカウンターは4人ぐらいが向き合えるかっこうになっているのが面白い。

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 さてと。和食のときは、日本酒にするというのが私の鉄則である。いろいろ聞いていたら、大好きな新政のスペシャルがあるという。立春朝搾り。平成二十七年乙未二月四日と書いている。つい一週間ほど前に搾ったぴかぴかの生原酒なのである。ふわっと広がる吟醸香。こっくりしつつもまろやかな甘み。目を細めつつ、日本酒ならではの奥行きのある旨さをしみじみと味わう。

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 先付は、お椀に入った山菜。春の息吹をたっぷりどうぞという趣向であろうか。染付に入っているのは雲丹であえたイカ。お味もだけれど、この花びらのような皿が素晴らしい。ちゃんと料理との相性を考えているのがよくわかる。そして大きな塗のお盆にずーっと下ごしらえしていたお造りが出される。魚庭という面白いネーミングがつけられている。四角いお盆に、扇のカタチの織部の向付、そして丸、四角、楕円、扇型の小皿がバランスよく並び、水仙まで銘々のお盆に活けられているのである。たしかに魚庭ではあるな。ま、このコーディネイト、あんまり私の好みではないのだが、この一品にご主人の気合がこめられているのはよくわかる。コリコリの鯛、イクラをまぶしたイカ、すーっと溶けていく大トロ(卵黄の醤油漬けでいただく)、キリッとしたアジなど、魚はどれもしっかり吟味されている。

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 メインのお椀は、ふぐの白子のお吸い物である。まるでお雑煮のお餅のようにこんがり焦げ目のついた白子。ふっふ、お口の中がとろとろになるわ。お出汁も美味しい。たまらず新しい日本酒を所望する。今度は、銘酒山形正宗、純米大吟醸。袋採り一斗瓶囲いというスペシャルバージョンである。蔵元である水戸部酒造、名刀正宗のように切れ味鋭い日本酒をめざしているのだそうだ。ううむ、正宗か。余談だが、亡くなった父はたいそう日本刀が好きで、いっとき水心子正秀の脇差を持っていた(あるいは憧れていて話に何度も出てきただけかもしれないが)ような記憶がある。名刀→刀、正宗→正秀という連想である。たしかにキリリとした素晴らしい味わいである。

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 四角い黄瀬戸に乗っているのは琵琶湖のわかさぎ。貴重な魚である。河内れんこんが添えられている。白いお皿は寒ブリにカニ味噌をかけ焦げ目をつけた一品。うーん、これはたまりませんな。やっぱり私、ブリもとっても好きなんだと改めて認識する。おかわりしたいくらいである。この白いのは、大根を薄く切ったものだが、その下には白海老が隠れている。海鮮の連打に、心の底からにんまりする。丸紋を描いた染め付けに盛られているのは宮崎牛の炭火焼。このほとんど贅沢なレア状態を、とうもろこしのお味噌でいただく。付け合わせは軽く揚げた海老芋である。

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 〆に立派な漆のお椀と織部のお皿。あれれ、もう一度お椀?と思うのだが、これは留椀。それにしても立派な蒔絵である。この意匠は鶴だろうか。織部が松の文様になっている。鶴と松。蓋をあけると、なんとごはんではなく、おかゆである。高槻のキヌヒカリというお米を箕面の天然水で炊いたものだという。これは絶品の味わいであった。おかゆというのが、何ともやさしく、あたたかい気持ちにさせてくれる。

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 最後に渋い三島の皿に盛られたデザートをいただいた。新地の板前割烹で星を取っていることを考えれば、コースの価格はなかなかリーズナブルであろう。ご主人も真摯に料理をつくっておられる。コース全体を振り返れば、やはり魚庭(なにわ)とネーミングされた造りのアソートがこちらの料理のメインなのだろう。全体に味は申し分ない。が、水仙といい小皿のコーディネイトといい、供し方に少々ツーマッチな感じを受けた。枯山水的な懐石を期待していくと、いきなり蘇州あたりの石庭が出現するという印象。ご主人はまだまだお若いとお聞きした。今はまだプレゼンテーションに凝りたいお年頃なんだろう。5年後、10年後どうなっていくのかにはおおいに興味があるし、きっとこの先もっともっと洗練されていくに違いない。なので、また何年かしたら、訪れてみようと思う。