千夜千食

第192夜   2015年2月吉日

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讃岐うどん「はゆか」

上原屋本店は別格として置いておくが
ここのうどんを食べてほんまに腰が抜けそうになった。
それほど、旨い。それほど、私好み。

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 うどん県の生まれと育ちであるが、15歳から県外の学校に出たまま故郷では生活していない。もちろん実家に帰ればうどんを食べに行くが、365日あたりまえのようにうどんが日常にある生活ではない。そこへ行くと妹はほぼネイティブであるので、あいもかわらず毎日のようにうどんを食べている。実に羨ましい環境にいるのである。

 ある日、その妹から電話がかかってきた。以下「」内は高松弁。

 「おねえちゃん、ものすご美味しいうどん屋発見したん。今度帰って来たとき行こ」
 「え、それどこにあるん?なんちゅうとこ?」
 「はゆかいうん。 今わたしの中ではナンバーワンや」

 はゆか。そうこの地名でぴんと来た人はかなりのうどん通であろう。はゆかは羽床と書く。かの名店「山越」はこの羽床と呼ばれる地にあるのである。

 「え、はゆか?」
 「綾歌のほう、山越の近くや。車でないと行けんとこ」
 「え、山越より美味しいん?」
 「おねえちゃん。言うとくけど、話にならん」
 「なんとな!話にならんとな!」

 名店「山越」が話にならんくらい旨いというそのうどん。もちろん、羽床にあるのである。香川のうどんの中でも、旨いうどんは綾歌郡あたりに集中している。地図でいうと高松市と琴平町を一直線に結んだちょうど真ん中へん。このへんはうどんの聖地なのである。

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 帰省したついでにさっそく連れて行ってもらう。母と妹も一緒である。刻限は昼少し前。幸い、そんなに長い行列はできていない。列の最後尾がちょうどうどんを打っている作業場の前。手前のガラスには食べログのベストランチに選ばれたというポスターが貼られており、古いのは2000年。私が知らないだけで綾歌郡ではすでにポピュラーな店であるらしい。期待は高まる。

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 さて、何にしよう。妹が肉うどんが旨いというので、肉うどんとちくわ天を2本。さて、どんなんだろう。わくわくしながら、最初の一口。ずずーーーーっ。う、旨いっ。なめらかなのに、強いコシ。噛み切るとぷにぷにの食感。再び、ずずーーーーっ。う、旨いっ。妹を見やり「なに?これ?」と目で合図すると妹もにんまり。ずずーーーーっ。う、旨いっ。うどん歴は妹よりずっと長い母も「これは、たいしたものや」と頷く。ずずーーーーっ。う、旨いっ。いりこがぷんと香る澄んだ出汁に煮込んだ牛肉の甘さが溶け合い、当然のように最後の一滴まで飲み干してしまう。

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 これは、たまりませんな。どうしてももう一杯食べないと気がすまない。が、すでに正午。行列は店の外まで続いているのだが、おかわりは大丈夫だろう。「あのう、すみません。もういただいたんですけど、おかわりはここで言えばいいですか?」とレジで尋ねる。「あ、いいですよ」と快く注文を聞いてくれる若い男の子。よし、ではカレーうどんにしよう。「カレーうどん、玉子落としてください」それを見ていた妹もおかわりを注文しに来る。母はさすがに無理であったが、タマネギの天ぷらがずいぶんお気に召したようで、それをおかわりする。

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 よく躾けられた大型犬のようにテーブルに座って(心の中で舌を出しハッハッハッと)「待て」をしていると、カレーうどんができたとの声。待ってました、カレーうどん。じゃがいもゴロゴロ、にんじんざくざく。この見るからに素朴な風情こそが、うどんの聖地で食べるカレーうどんにふさわしい。再びいただきます。ずずーーーーっ。う、旨いっ。ううむ、カレーも馬鹿馬である。お出汁が、またしこしこの麺によくからむの。それにしてもこのコシをなんと表現しよう。嚼むとうどんに歯型がつくような感覚の弾力でありながら、けっして固くなく、すっと喉を通り過ぎて行く。うどんそのものに力強いパワーがありながら、出汁との親和性がきわめてよいのである。

 天ぷらさえ食べていなければ、このあともう一杯ぶっかけくらいは行けたかもしれない。が、母がさらにテイクアウトしたタマネギの天ぷらも、カリカリなのに中はむっちりしており、病みつきになる旨さであった。うどんの名店は、旨い天ぷらも揚げる。これは真理である。

 ああ、それにしても、綾歌郡。今の私にはそんなに気軽に来られないということだけが、悲しい。