千夜千食

第203夜   2015年3月吉日

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京都祗園「千ひろ」

花形歌舞伎と達人懐石をセットで味わう贅沢。
愛でて、感じて、触れて、味わう。
にほんのいいものを、ゆっくり、たっぷり堪能した一夜。

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 3月の京都。南座の花形歌舞伎を観にやってきた。梅もほころび、桃もその可憐な色とかたちを見せてくれる時期である。桜にはまだ少し早いせいか、観光客もさほど気にならない。

 正月の浅草花形歌舞伎に続いて、若手が古典歌舞伎にチャレンジする。座長尾上松也を筆頭に、坂東巳之助、中村歌昇、中村種之助、中村隼人、尾上右近、中村米吉と若手花形がずらりと勢揃い。夜の部の目玉はなんといっても弁天娘女男白波。その弁天小僧を松也が演じる。

 この演目、当代随一の役者は何と言っても尾上菊五郎である。胸のすくような啖呵と鯔背な所作。だいぶ前に観た市川段四郎とのコンビが私の中では最上である。その菊五郎の当たり役を菊五郎劇団の一員である松也が演じるのである。大抜擢である。舞台は若さゆえの未熟さや拙さを吹き飛ばすほどの真摯さを感じるもので、やはり大先輩方をの演技を小さな頃から傍で観てきた人たちは若手とはいえ、その芸をしっかりと継承しているなと感じ入る出来栄えだった。惜しむらくは、声。喉をつぶしていたそうで、それだけが残念であった。巳之助の南郷力丸もなかなか良く、10年後、20年後のこのコンビをまた観たいと思った。

 すっかり良い気分で終演後は祗園のいつもの店へ。夜の部はスタートが三時半で、二幕だけだったので、終演後ゆったりと食事もできるというのがいい。(だいたい歌舞伎は長すぎる。終演後に食事というと、まともなものにはありつけない)

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 まずは、アスパラガスの黄身酢がけ。黄身酢、大好きである。黄身というだけあって、たっぷりと卵が入っている。アスパラのイキイキとしたグリーンに、黄身酢の鮮やかイエロー、付け合せのにんじんレッド。この美しい色を皿の藍と白が引き立てるという趣向である。菱型のうつわだからこそ、この色とバランスが映える。丸皿でも角皿でもこうはいかないだろう。すべては、計算の上に成り立っている。

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 続いては白バイ貝。この立派な姿を見てください。軽く塩を振られたその味は、もう小気味良いくらいにコリコリである。ぬる燗にしてもらった菊姫と最高の相性である。春は貝の季節やもんなあと心の中で目を細めながら、ゆったりと味わう。そして毎回楽しみなのがこの一品。いちばん上はかずのこの粕漬け、時計回りに鯛の肝のゼリー寄せ、ホタルイカをたたいたの、自家製カラスミ、鯛の白味噌漬を炙ったもの。まさしく酒の肴のアソートなんである。漆の大きなお盆に、こだわりの小皿と凝った肴。ほんとうの酒飲みなら、これだけで一升はいけるくらいの(笑)大盤振る舞いである。本日の造りは鯛、トロ、イカに雲丹をまぶした三種。トロの下には、山芋をすり下ろしたのが隠れてい、これをトロにからめながら、岩海苔を乗せて食べるのが楽しいのである。手前の塩昆布は細く刻んであり、鯛はこれでいただくのも乙なんである。

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 お椀のふたをあけると、そこは金の梅林。これは鶯宿梅(おうしゅくばい)と言う。村上天皇の時代、清涼殿の梅が枯れたので紀貫之の娘の家の梅を移し植えたら、その梅の枝に「勅なれば いともかしこし うぐひすの 宿はと問はば いかが答へむ」という歌が結んであり、これに深く感じ入った村上天皇が梅の木を返したという故事にちなんでいる。なんとも風雅な話であるし、きっぱり拒否するのではなく、鶯の宿が変わってしまうことに託して相手に考えさせるという意味では、実にあっぱれな日本ならではの方法である。ゆかしい文の力。ペンは剣よりも強し。この見事な鶯宿梅の蒔絵を施したお椀の中には、蟹しんじょとよもぎ麩、わらび。お椀のなかに早春が満ちている。

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 そして。本日の度肝を抜かれた一品。このわたのお鮨。そう、全面このわた。ええ、雲丹を乗せたお鮨というのは時折ありますよ。それすらかなりの贅沢だというのに、このわただなんて、ああた、もう身悶えするほどぶっ飛んでおりまする。しかも、この量。ほんとうの酒飲みなら、これだけで一升はいけるくらいの(笑)大盤振る舞いである。今度は白甘鯛の酒焼きである。京でぐじと呼ばれる甘鯛のなかでも、最上がこの白甘鯛である。滅多に穫れないと聞くが、そこはさすが祇園の名店である。ちゃんとルートがあるのだろうなと頷きながら、淡白な中に濃厚な脂が乗った旬の味を噛み締める。馬鹿馬である。さっきから美味かつ珍味のオンパレードなので、ここいらでちょいと小休止。レッドグローブに湯葉のすり流しをかけたひと皿。レッドグローブとは皮ごと食べられるブドウ。爽やかな酸味と甘みを、湯葉の滋味がまろやかに包み込む。こういう和洋折衷のスタイルも、この店の特徴だ。ご主人の編集力は並大抵ではない。かき揚げは、山菜と小海老。レモンをきゅっと絞って、さくさくいただく。

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 そして、そして。最後にまたすごいのが出た。蟹の身をていねいにほぐし、かにみそをかけた一品。蟹は間人蟹である。解禁シーズンはとうに終わってはいるが、さすがにたいへん美味ではあった。〆に豆ごはんとお味噌汁をいただいて、早春のコースをたっぷり堪能した。

 花形歌舞伎と早春の懐石。片や真摯でみずみずしく、片や手だれで洗練されている。経験の差はあるにしても、真剣にやっているものだけが人を深く感動させるのだとしみじみ思いなした夜だった。