千夜千食

第218夜   2015年4月吉日

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越後六日町「龍言」

草津温泉に行く前日の宿を探していたら、
目に止まったのが、越後のお宿。
豪壮な平屋造りに一度は泊まる価値あり。

 週末は、松岡正剛師匠が主宰する未詳倶楽部で栃木の草津温泉に行く。土曜の昼過ぎに、草津の温泉旅館にて集合である。金曜まで東京で仕事だったので、移動は東京からである。上越新幹線に乗り、高崎でローカル線に乗り換える。時間によっては上野からノンストップで行ける特急草津というのもある。所要時間は2時間半である。ううむ、けっこう時間がかかる。時刻表とにらめっこしながら、ふとある考えが頭をよぎる。

 何も、東京に泊まらなくても、草津温泉へ前乗りすればいいではないか。

 さっそく近隣の良さそうな宿をいろいろ探すのだが、どうもぐっと来るところがない。別に草津でなくても、朝移動する時間はじゅうぶんにある。少し範囲を広げて調べていると、越後六日町にある「龍言」という宿がヒットした。名前だけはよく知っている宿である。

 10年ほど前、おつきあいのある呉服屋さんが、新潟にとてもよい宿があり、とくに冬は庭にかまくらを作ってくれ、そこで食事したり酒が飲めるから、と熱烈に誘うのである。なかなか予約も取りにくいので、ぜひともとご一緒しましょうと言うのである。こういうお誘いに乗ってしまうと、悪いと思い着物を買ってしまうはめになるので、もちろん行かなかったが、ネットで調べてみた「龍言」はたしかに魅力的だった。

 場所は越後湯沢から在来線に乗り換え、20分ほど。さほど時間はかからない。翌日も越後湯沢から高崎まで新幹線で行ける。これはなかなか良さそうだ。電話してみると、まだ大丈夫というので予約した。

 週があけると、次の週末はゴールデンウィークである。今年は東京も関西も桜の満開のタイミングがほぼ同時で、その上東京では満開の桜の翌日に季節外れの雪が降り、大騒ぎ、大はしゃぎよなったのが記憶に新しい。4月下旬ともなれば気持ちはもう新緑の季節へと向かっていたのだが、上越新幹線に乗っていて愕然としてしまった。

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 越後湯沢の手前のトンネルを抜けると、そこはまだ雪景色。関西の人間にとっては、信じられない光景だったのである。いや、日本の地形も気候も頭ではわかっている。桜の開花情報だって南から北まで上がって行くことも理解はしている。だが、実際にリアルに目にするとやはりびっくりするのである。トンネルひとつで風景が一変する。新幹線によって東京までの時間は短縮できたであろうが、ここの気候はやはり新潟なのである。この落差をなんとかして埋めたいと切望したのが田中角栄で、地元で圧倒的支持を受けた理由は上越新幹線に乗ってトンネルを越えただけでもよくわかる。

 越後湯沢から在来線のほくほく線というのに乗り換え、20分ほどすると六日町である。宿の人がシャトルバスで迎えに来てくれる。ほどなく「龍言」に到着した。

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 堂々たる庄屋屋敷の体である。

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 この広大な宿、本日の客はどうやら数人のようである。ゴールデンウィーク直前だもんな、ほとんど貸し切り状態。うひょひょ。部屋は二間続きで、囲炉裏もあるし、掘りごたつもおいてある。このへんの豪農の家に泊めてもらっているような感覚である。

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 夕食の前にひと風呂浴びるとするか。露天風呂も貸し切り状態である。鍵をしめ、好きなだけ泳げるではないか。(温泉に行くと必ず泳いでしまう悲しい性・・・いや、バタフライとかじゃなく、静かに平泳ぎですけどね・・・)露天風呂は鄙びた風情の岩風呂で屋根はついてはいるが、宿の奥の木立からその奥の山まで見渡せる気持ちのよい空間である。空気がこもらないので、隠し持って来た煙草をこっそり一服。悪いな、私。温泉は好きなのだが。普段から早風呂なので、出たり入ったりを繰り返しているとだんだん飽きてきて、30分の貸し切り時間を持て余す。

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 露天風呂からの帰り道、図書コーナーのような休憩スペースがあったので一休みする。予期はしていたが、田中角栄関連本が何冊か置いてあった。やはり、このへんの人にとっては神様のような存在なんだろうな。親が子へ、子から孫へと語り継がれる越後の偉人。(私も小さいとき栗林公園の前に建っている三木武吉の銅像の前で、三木さんの偉業をさんざん祖母から聞かされた)たしかに上越新幹線のおかげで、私もこんなに気軽に越後に来られたわけだし。感謝。

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 食事の前に八海山泉ビールというのを飲む。ご存知八海山が作っているビールである。苦味の少ないやさしい味わい。風呂上がりの身体に染み渡っていく。

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 さてと。運ばれてきた御膳、見た目は昔ながらの旅館の夕食然としているが、とりたてて特徴というものがない。まあ、そういう場所なのかもしれないが、名物はなんだろう。給仕してくれた女の子に聞いてみると、郷土料理であるのっぺい汁というのをすすめられる。これは大根やにんじん、蓮根、絹さや、お揚げなどが入ったお汁で、かすかに醤油の風味がする。が、はっきり言って関西の人間には少々ハードであった。で、宿自慢の魚の炭火焼きを。じっくり焼かれた鮎はさすがに旨い。まあ別に料理目当てできたわけでもないので、こういうときはおとなしく味わう。ただ、最後に米どころのこはんを期待していたのだが、筍ごはんだった。もちろん季節のものだからそれはそれで美味しかったけれど、せっかくだから南魚沼産コシヒカリというものを銀シャリで味わいたかったというのはこちらの勝手なわがままか。どうも私の料理への期待度と実際の料理の方向性に微妙なズレがあった。まあ関西の舌と新潟の舌が違うということなのか、それとも季節が悪かったか。

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 料理に関してはまったくもって個人の好き好きだと思うので、こういうこともあろう。私に合ってないだけかもしれないし。何より、それ以外の部分にこの宿の魅力がある。建物の多くは近隣の古民家を移築したもので、玄関横にはその象徴のような約250年前の武家屋敷を活かした幽鳥の間がある。豪壮とでもいうべき平屋が連なる独特の風情は、それを味わうためだけに一泊する価値があろう。庭園に面した露天風呂や土蔵造りの大浴場など、風呂も素晴らしい。かまくらの季節などに訪れると、きっとこの宿本来の魅力をたっぷり味わえるのだろうと思う。