千夜千食

第235夜   2015年5月吉日

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神戸ステーキ「みやす」

神戸といえば、神戸牛。ステーキであるのだが、
長年住んでいながら数えるほどしか行ったことがない。
美味しいのはよくわかっているんですけどねえ。

 世の中にはなんでこんなに肉好きが多いのだろう。テレビなどを見ていても、やたら「肉!肉!」と喧しいし、グルメ番組では出演者が肉ガッツリとか肉汁(この場合、ニクジュウではなくニクジルと発音している、いやですね)たっぷりとか興奮気味に叫んでいる。焼肉が大好物という人もまわりにはけっこう多い。

 おまけに本場に住んでいるので、ステーキや焼肉の名店はそこらじゅうにある。いいですねえ、神戸だと美味しいお肉があってと言われることもけっこう多い。だけど、日常的に神戸牛などほとんど食べないし、第一そんなに気軽に買えるほどスーパーなどには出回っていない。行くところに行かないと市民であってもさほど身近なものではないのだ。

 とはいえ神戸在住もけっこう長いので、何度かは神戸牛というのをそれなりに味わってはいる。いちばん印象的で今もなお鮮明な記憶が残っている店といえば、名店「麤皮(あらがわ)」である。大昔、アメックスのポイント特典でこちらのディナーがあったのだ。お二人様ステーキフルコースをゲットするのに相当な元手がかかったと記憶しているが、とにかく夢のようにゴージャスでリッチなステーキとシチュエーションであった。もう、10年くらいはステーキは食べなくたっていいや(大げさではない!)と思えるくらいの濃厚さで、給仕してくれた人も映画「ティファニーで朝食を」に出てくる粋な店員のような渋い紳士で、手厚くもてなしてくれた。ステーキの思い出はもうあれでじゅうぶんなのである。

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 ところが今回、会食のお相手が神戸牛をご所望になったので、実に何年かぶりのステーキを食べに行く事とと相成った。こちらの店もステーキの老舗として神戸ではその名が轟いている。ただ、「え、こんなところにお店があるの?」というくらい立地がファンキーなのである。店は淡路交通というタクシー会社のビルの二階にあり、場所をちゃんと知らないと、素通りしてしまうかもしれないくらいの構えである。知ってる人にだけウェルカムという知る人ぞ知る感。まあ、店を知っているので、脇の階段をトントンと上がって、入店するがね。

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 ヘレのコースを選択した。まずは季節の前菜盛り合わせ。ザワークラウト状になったキャベツのコロンとしたのでお口をさっぱりさせ、茹でたホワイトアスパラガスを食す。スープは見るからにおいしそうなポタージュ。こういうの大昔連れてってもらったホテルのディナーでよく出たっけ。小麦粉をしっかり炒めたホワイトソースの正統的な味がする。シャキシャキのサラダが出た後、いよいよメインのステーキである。できるだけ、レアレアでとリクエストした。

 こちらは最高級紀州産の備長炭を使って直火で焼き上げるのがウリで、創業当時(昭和35年)から変わらない調理法を守っている。セレクトする肉は、三田の清冽な水を飲み、麦や米を主に食べて育った三歳の雌牛を熟成させたもの。分厚く切った熟成牛を炭火の高温で焼き上げ、肉の旨みを凝縮させることで、切ると香ばしく、しっとり肉汁の旨みが溢れる味わいになるのだそうだ。これ、「チャコールブロイル」と呼ばれる方法らしく、最も肉の味を引き出せる備長炭での炙りなのであある。さらに、炭の上に滴った肉の脂から立ち上る煙を肉にまとわりつかせることで、肉は独特の薫香をまとい旨みの成分が肉の中でかけ合わさり、余分な脂も程よく抜け凝縮された肉の美味さとなるのである。

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 やってきたステーキは、一瞬真っ黒な塊に見えるのだが、これこそが煙と薫香をまとった美味さの塊である。ナイフを入れると、すーっと心地よく切れ、中はご覧の通りレアレアの真っ赤っか。しっとり柔らかな口当たりの中に、肉の旨みがたっぷり凝縮されてい、そのうえ肉汁の香ばしいことと言ったら!ヒレとは言いながらも、さすがにいい肉は濃厚である。半分ほど食したところで、もういいやという気になってきた。あかん、あかん。久しぶりの極上の神戸牛である。ゆっくりと時間をかけて、己を叱咤激励しつつ全て平らげた。

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 デザートは昔懐かしいアップルパイを。あ、バニラアイスをのせてください。と、我儘を言う。アップルパイ・ア・ラ・モードである。ステーキを完食するのがしんどくとも、デザートは別腹である。

 神戸牛のステーキは旨い。プロの手によって吟味された素材を、こだわりの焼き加減でいただくとほんまに馬鹿馬である。だけど、それでも。こんなに濃厚なのをいただくと、次は5年後ぐらいでじゅうぶんである。その機会があれば、だが。