千夜千食

第245夜   2015年6月吉日

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二期倶楽部「バー ラジオ」

一年に三日間だけしか開かないバーに
今年はなんと、伝説のあの人が帰ってくるという。
ここに行くだけでも今年のシューレは値打ちがあった。

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 ちょうど一年前にもこのバー(第94夜)を紹介した。チーフソムリエの金子さんにいろいろなお酒のことを教えてもらいながら、ときおり伝説の尾崎さんの話を伺うという至福の時間。

 ところが、今年はなんとその伝説のご本人がカウンターに立つのだというではないか。タイトルは、『バー・ラジオ 尾崎浩司の時』。メニューもスペシャルな3日間限定のものである。

 たとえば、シングルモルトスコッチのところには、『伝統ある蒸溜所のカスクから、インディペンデントボトラーのモダニズムを味わう』とある。愛好家の間で熱狂的に支持されているインディペンデントボトラーズ(独立瓶詰業者)によるスペシャルな熟成によって、ラフロイグもボウモアも新たな味わいを生み出されるらしいのである。うーん、これは是が非でも飲んでみたい。極上のシングルモルトがショット2000円からというのは、かなりお値打ち価格であろう。ブランデーの部には『シングルヴィンテージのコニャックが放つ芳醇な香り 19世紀のパリを逍遥する』とある。プリントされているメニューを眺めるだけで、心地よく酔いそうになるラインアップだ。なかでも『一生に一度であるかの極希少 山のシューレの思い出に』というLHERAUDレロー家のグランド・シャンパーニュ1836年などは本当に一口だけでも飲んでみたいという誘惑にかられる。が、すでに日本酒がかなり入っている。

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 それよりもなによりも、伝説のバーテンダー尾崎さんである。シングルモルトもコニャックもたまらなく魅惑ではあるが、ここはやはりマティーニを飲まなければいけないだろう。さっそく注文し、尾崎さんの手元を凝視する。ジンとドライベルモットをミキシンググラスに注ぎ、鮮やかな手つきでステアする。カクテルグラスに注ぎ、オレンジビターで香りをつけたら、オリーブをそっと入れる。すーっと目の前に置かれたグラスをゆっくりと持ち、口をつけてみる。ひと口含むと、透明の液体がエレガントに香る。きりりと冷えて、ほどよくドライ。つくる所作から含めて惚れ惚れする出来栄えと美味しさである。

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 そして、カクテルの旨さ以上にうっとりするのは、カウンターに立っておられる美しい佇まいや、若いバーテンダーに所作やダンドリについて嫌味なく指示するその采配ぶりである。カウンターに座っている客が帰った後、席を移動したい客がいるときは、何をまっさきにすべきなのか。見えるところでして良い所作と、見えないところですべき動作。バーテンダーとしての振る舞いをこれほど美しく伝授している場面を見たことがない。若いバーテンダーにとっては、一生の宝物になるような指南であろう。いろいろなご経験を積まれてきたようであるが、所作の美しさは茶道を嗜んでいるところから来ているのかもしれない。ご自分でも、ずいぶん役に立っているとおっしゃっていたし、何より「もてなす」という行為を洗練させるために茶道を極めようとされるなんて只者ではない。

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 カウンターには、大きなガラスの花器が置かれ、中にはみずみずしいミントやバジルが入っている。二期倶楽部の中で採れたハーブで、これをふんだんに使ったモヒートも作っていただくことにする。気前よくミントを入れた夏らしい一杯。これをマティーニのチェイサーにしつつ、尾崎さんの素敵なお話を聞く。

 最高の、山のシューレの夜がふけていく。