千夜千食

第26夜   2014年2月吉日

  • icon_14px
  • icon_14px
  • icon_14px
  • icon_14px

唐津「銀すし」

大将というよりは銀ちゃんと呼びたい。
愛すべきキャラクターが握る鮨は
こんなの今まで食べたことないまったり感。

写真[1]写真[3]

 唐津でお鮨に行くのと言うと白金ビストロのオーナー福島さんが、「唐津なら銀ちゃん行かなきゃ」と言う。当たり。その銀鮨をちゃんと予約していたのであった。福島さんは博多の「吉富寿し」もよく知っていた。鮨の好みが合う。

 噂では、銀ちゃんとこはすべて中里隆のうつわで出され、鮨は鮨で独特の旨さがあるらしい。予約は正午。朝、博多を発って、宿に荷物を置いた足で、銀ちゃんの店近くまで来た。ところがその住所に赴くとこんなところにお鮨屋さんがあるの?といぶかるくらいの閑散さ。しかも少し早めの時間だったせいか、店の引き戸は押しても引いてもびくともしない。

 時間まで近所をうろうろすることに決め脇道に入り、諏訪神社というのを発見した。秀吉が朝鮮出兵のため名護屋城に向かう途中、戦勝祈願のため参拝した神社とも言われているらしい。ご祭神は建御名方神(たけみなかたのかみ)、八坂刀売神(やさかとめのかみ)、諏訪前命(すわまえのみこと)。時間つぶしに立ち寄ったことを後悔するくらい立派なお社である。建御名方神といえば、軍神としてつとに有名であらせられる。しかもここの砂にはマムシ除けのご利益もあるらしい。しっかりとお参りしたのは言うまでもない。

写真写真[23]

 よくよく考えてみれば目の前に広がるのは玄界灘。鮨好きにとっては対馬海流があるせいで良質の漁場であるという認識がある。が、それよりも何よりもかつてここから秀吉が、もっと古くは神功皇后が新羅出兵したというその海が横たわっているのである。対馬の先はもう朝鮮半島。実際にこの地に来てみると、玄界灘を擁する福岡から佐賀にかけての海岸エリアは、半島から見ると日本の正面玄関のような位置であることがよくわかる。見方を変えれば、ここが辺境だなんてとんでもない。むしろ、表玄関なのである。建御名方神からそんなことを連想しながら、ぶらぶらと散策する。境内ではもうすでに白梅がほころんでいた。

 やがて正午となったので、ゆるゆると「銀すし」に向かう。今度は引き戸はするりと開いた。中は白木がすがすがしい清冽な佇まいである。銀座や赤坂にありそうな高級感も漂っている。うーむ、このインテリアは侮れない。やがて女性がコートを預かってくれ、席へと誘ってくれる。この日はどうやら私ともう一組だけのようだった。しばらくして大将と呼ぶには若い雰囲気のご主人が登場。銀ちゃんである。

写真[5]写真[8]

 中里さんの端正な白いうつわで出されたのは、菜の花のおひたし。ビールを注いだ焼き締めも、日本酒を入れた片口もぐいのみももちろん中里さんの手になるもの。削いで削いだかたちに、力強い素朴さがみなぎっている。こんな酒器で毎日晩酌できたら、しあわせだな。なにより気持ちよく手になじむ。この日は魚が少ないらしく、つまみはなしですぐに握りが出された。二貫ずつ。握りは小ぶりで細身。そこへまとわりつくようにネタがかぶさっている。口に入れると、軽く、ほろりとほどけ、ネタとシャリが渾然一体となる不思議な食感。ネタの厚みとシャリの量、そして握るときの手加減がそうするのであろうか。うーん。なんとも味わい深く、やさしく、ほっこりとさせてくれる。口福とはまさしくこんな感覚ではあるまいか。銀ちゃんは少々シャイであると聞いてはいたが、うつわや魚の話を振ればちゃんと打ち解けてくれる。朴訥な風情でぽつりぽつりと語る銀ちゃんと、この不思議なまったりした鮨は相似形のような気がした。鮨は人なり。

写真[4]写真[6]写真[7]写真[9]写真[10]写真[11]写真[12]写真[13]写真[14]写真[15]写真[16]写真[17]

 噂では中里さんもこの店(彼に?)にぞっこんらしく、店で酔っぱらっては書を気まぐれに書いたり(カウンター正面に飾ってあった)、うつわを気前よくくれたりするのだそうだ。「うつわは料理を盛ってこそ完成する」と常々語っている中里さんだから、銀ちゃんとこはすぐにそれを具現できる実験室のような場所なのかもしれない。なんともうらやましい環境だが、それも彼の人柄ゆえのことだろうと思う。江戸前のスタイルをとってはいるが、使うネタはほとんどが地の魚。当然、アラやノドグロ、博多でも味わったマグロの小さいのが出てきた。銀ちゃんの握り。いっぺんでファンになる。

 聞けば、定休日には博多へ、東京へもちょくちょく出稼ぎに出るらしい。この鮨が東京で食べられるのはうれしいが、やはり本拠地であるここまで食べに来たいと思う鮨である。唐津。もう何回でも訪れたい土地になった。