ソフィスタイルがめざすもの。
それなりの時間を生きてきて
自分の好きなものや好きなことが
昔からそうぶれていないことに気づきました。
食べること。日本を知ること。旅すること。
それぞれへの興味は知識や経験となり、
積み重ねられ、深まり、極まり、
ときに新しい視点を生むベースとなってくれ、
「数寄」を愉しむアーカイブスを少しずつ形成しています。
その一部を私なりのスタイルで表現していこうと思います。
社名である「ソフィスタイル」は
ソフィスティケイテッド・スタイルを略した造語です。
洗練された数寄者をめざすこと。
それは、けっして一筋縄ではいかない道程ですが、
ほんとうにマチュアな人になるための素敵な試練かもしれません。
株式会社ソフィスタイル
食べるを楽しむ
じんせい愉しむ
「食べる」は人生の一大事。
美味しいものは人を幸せな気持ちにしてくれるし、
誰かが心をこめて作ったものは人の心にきちんと届く。
旬のものは普段忘れていた季節を感じさせてくれるし、
意表をつく料理人のアイデアは工夫することの尊さを教えてくれる。
同時に食べることは、すべてのいのちを有り難く味わい尽くすことでもある。
ただ空腹を満たすためだけにに食べるのではない。
食べることで、教わる、学ぶ、気づく、深める、極まる。
師匠松岡正剛の偉業である「千夜千冊」にあやかって
私は私なりの食べることへの思いを語ろうと思う。
日々、真摯に、懸命に、ひたむきに、無我夢中で、真剣に食べる。
よく食べることは、よく生きることでもある。
あるきっかけで写真家島田泉さんの撮った花をみた。
彼はかつてはファッション広告でならした人。
独特の個性があって、派手なことが大好きで、
だけどそのぶん細かい作業は苦手で、面倒くさがり屋。
いつもあくの強いオーラにつつまれていた。
その彼が、花に想いをよせ、花の表情を日々真摯に撮っている。
私はその花々たちから目が離せなくなっている。
なんだろう、この花たちは。何を語りかけているのだろう。
ひとつひとつの花に感じたイメージを
ひとつの漢字にたくして花語りをしてみたいと思った。
島田さんの花に、私の言葉を重ね、
そしてその言葉を尊敬してやまない碩学
白川静さんの偉業である『字通』によって担保する。
千の花と千の言葉がそろったとき、
あらたに見えてくるものにも出逢いたい。
二十年ほど前のことだ。
北京の紫禁城で佇んでいるとき
私の中で眠っていた「にほん」が突然に去来した。
熱中していたニューヨークとの蜜月期間がそのとき終わりを告げ
中国の中心で「にほん」という国の立ち位置が明確に立ち上がってきた。
以来、にほんという特殊でスペシャルで唯一無二の国の不思議を
伝統や文化や風俗の中に探す旅が続いている。
きもの、やきもの、民藝運動、歌舞伎や能、文楽、茶道・・・。
それぞれを探って行くと、実はすべてが
長い歴史のなかで互いに影響を及ぼし、関係づけられ、
不即不離の対角線のようなもので結ばれてもいるのだった。
私なりのスタイルで、にほんの数寄を追求したい。
そのおもいは、年々強くなっている。
にほんへのおもい、にほんへの憧憬、にほんへの好奇心。
にほんが、とてつもなく、数寄。
かいかいと読みます。
名付け親は、敬愛してやまない師匠・松岡正剛氏。
師の秘密組織である『未詳倶楽部』からスピンアウトした
いちびりな連中で組織するにほんを遊ぶ小さな會。
掟は三つ。
一つ。着物で装うこと。
一つ。美味いものを食すること。
一つ。にほんを体験すること。
ここからいつも師匠がおっしゃるところの
ちいさなクラブ財が
ひとつでも、ふたつでも
生まれていくことを願っている。