千夜千食

第1夜   2013年12月吉日

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ファンキー中華「萬来園」

昼はごくごくフツーの街場の中華、
しかし夜は突如高級になるという噂の店。
大将の凄腕と、人柄と、紹興酒に酔う。

萬来園B6萬来園B2萬来園6

 そもそもの話をまずしよう。

 ある夜「なんか、面白くておいしい店ないかなあ」とよく行く白金のビストロでつぶやいた。するとカウンターに入っているMくんが「萬来園っていうのがいいらしいですよ」と言う。「えっ、どんなとこ?」「すっごく汚い店らしいけど、夜は高級中華になるらしいですよ」「あ、その店聞いたことある!」早速次の日に電話してみた。「あのう、○月○日の夜予約できますか」と問うと「ウチのこと知ってます?夜は高いですよ」ときた。「はい、わかっています」と返すと「カードは使えませんよ」とさらに無愛想な物言い。高飛車やなあ。高いですよってどんだけ高いんや。チャレンジ魂がふつふつと燃えたぎってくる。

 高いの上等。お手並み拝見。

 友人と東京を食べ歩く会「松山倶楽部」というのをつくっている。このところのテーマはファンキーである。おいしい高級店はいっぱいあるけど、おいしいだけでなく、辺鄙なところにあるとか、大将がユニークであるとか、なにか面白い落差がほしい。場所は大井町。まさにうってつけのロケーションではないか。しかも昼と夜とのギャップがあるというのも大いに期待できる。

 待ち合わせのメールにはこう書いた。「さてさて、引き続きのファンキーツアーが迫ってきましたが、なかなかファンキーなお店が予約できました。今回は大井町というファンキーな場所にあるほんまにファンキーなお店です」

 19時現地集合。少し早めに着く。外観は昔から商店街にあるような古びた佇まい。ギューザやラーメン、ニラレバ炒めが美味しそうな雰囲気。だがお世辞にもきれいとは言い難い。本当に大丈夫だろうか。噂に踊らされたのではあるまいか。とても、とても、心配になってくる。意を決して「こんばんは」と中に入る。10人ほどが座れるカウンターのみ。いちばん奥に座る。店内もかなり殺風景である。

 お店は大将と奥さん、息子さんの三人でやっている。料理の鉄人に出演したせいで大忙しとなり、無理しすぎた大将は少しの間入院していたという。復帰したばかりであまり予約も取っていない状態なので、この日は私たち以外誰もいないという。おう、いぇい。偶然とはいえ、貸し切りという贅沢なシチュエーションとなったのである。

 ほどなく友人登場。期待通り、店の雰囲気にびっくりしている。この人はいつも社用車で来るのだ。運転手が本当にここですか?と何度も問うたそうだ。さもありなん。

 二人そろったところで、本日の食材についての説明がある。今日使える野菜や海の幸、山の幸を示し、調理法のアイデアを披露してくれるプレゼンテーション。こうしてほしいと言えば、その通りに料理してくれるのだ。好きなものを好きなだけ好きなように料理してもらうなど、中国の皇帝にでもならない限りなかなか叶うものではない。

 前菜の盛り合わせからスタートする。ひとつひとつていねいな仕事をしており、しょっぱなから味覚中枢をぐいっと鷲掴みされる。瓶入り紹興酒が進む、進む。

 そして、いよいよ大将の華麗なる中華鍋シリーズが始まった。

 シャキシャキのインゲン豆。旨い。黄ニラと卵の炒め。旨い。海老の唐辛子炒め。旨い。衣笠茸の中に金華ハムを入れ煮込んだもの。旨すぎる。マコモダケを和牛で巻き揚げたものをあんかけで。旨い。旨すぎる。友人は行儀悪いけど汁吸っていい?とあんを飲み干す(笑)。いしもちの中華風蒸し。旨い。骨をちゅうちゅうと吸う。蚫と野菜の煮込み。旨い。シラスと青菜のあんかけ。旨い。またしてもあんを奪い合って吸う。上海蟹。まだ少し細いけど旨い。蟹ごはん。旨すぎる。海苔そば。旨い。全12品でお腹がパンパンになった。ただし、デザートの杏仁豆腐は別腹である。こちらも旨い。

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 あまりの旨さと、あまりもの矢継ぎ早攻撃に、完全にノックアウトされた。それに大将のチャーミングなことと言ったら!旨いものをつくり食べさせてあげようという気持ちにあふれてる。それを絶妙のタイミングでフォローする息子さんも素敵だし、ときどき茶々を入れる奥さんもいい味を出している。三ヶ月後の予約をして帰る。なんで三ヶ月後かというと、カロリーと値段の高さで早々は来れないと判断したためである。

 三ヶ月後。

 またしても偶然が重なり、貸し切り状態となる。今日は少しずつねと念は押してはみるが、張り切る大将のプレゼンテーションが凄い。もうおまかせで、どんどん出してちょうだいとあえなく降参だ。前菜。あいかわらず旨い。筍の蒸し物。旨い。菜っ葉を煮たもの。旨い。ぴちぴちのやりいかとアスパラガス炒め。旨い。金華ハムと菜の花の炒め。旨い。酒で蒸した海老。う、旨い。岩のりと豚肉の煮込み。旨い。汁もきっちり半分こして吸う。水餃子。旨い。蚫の炒め。旨い。ごぼうときのこの炒め。旨い。酢豚。旨い。ホタテの蟹あんかけ。旨い。あんは当然吸う。全13品プラス杏仁豆腐。ふう。前回より一皿頑張れた。

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 「ああ、死にそう」とお腹をさすると「もう!そんなに食べられないのに、どんどん作って」と奥さんは少し大将に怒っていた。いえね。大将だけが悪いんじゃない。こちらも、あれ食べたい、それ食べたいとワガママ言ったのだから。

 それにしてもこういう店を知ることが幸福かといえば、この年になるとそうとも言えないのである。とにかく旨い。旨すぎる。食べ過ぎてしまう。厳選された素材を目の前で料理人につくってもらうという最高の贅沢も味わえる。なにより、大将や息子さんと素材や調理法について、さらには料理の味に関する応酬をカウンター越しにできるというのが無上の喜びだ。なにしろ中国皇帝スタイルだからね。レベルが高い。カロリーも高い。値段も高いの三高だけに、そうしょっちゅうは来られない。そのことが、知ってしまった今となっては、とてつもなく不幸とも言えるのである。