千夜千食

第33夜   2014年2月吉日

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福島2番街「Giulio」

さんざん飲んで食べまくり
かつて彼の店の個人記録を持っていた。
その懐かしい味、そして音を堪能した夜。

 ある日「あきません、記録が破られましたわ〜」と一通のメール。

 記録とは、家の近所のイタリアンで私が食べた金額の記録である。はじめて訪ねたときさんざん頼んで食べまくり、お勘定のときにシェフから「ひとりでこんだけ食べてもろうたんははじめてですわ」と言われ、調子者かついちびりの私はすっかり悦に入ってしまったのである。なのに、それを上回る強者が現れたのだという。そのメールをもらった日の夜、さっそく記録を奪い返しに行ったのは言うまでもない。

 みなちゃん(BENちゃんが実は正しい)と私が呼んでいたそのシェフは、私が料理を夢中でたべていると必ず「おいしい?」と聞いてくる。そこで必ず「なんで、こんなにおいしいの〜」と答えないといけないのだ。なぜなら、その後必ず彼は「そりゃあ、愛情こもってますから〜」と続けるお約束になっていたのだ。この馬鹿げた愛すべき儀式を、毎度毎度やれるものだとすっかり安心していたら、残念ながら店をやめるという。え〜。

 その後みなちゃんは三宮や御影で新しい店を出したりシェフを続けていたが、あるときから音信不通になった。もうあの味やあの儀式を楽しむことはできないのかとひそかに悲しんでいた。ところがフェイスブックのおかげで、今は大阪福島でイタリアンをやっていることがわかったのだ。

 ある日、突然にそのことを思い出し、衝動的に店を訪ねた。7年ぶりである。

 少しだけふっくらと大きくなったみなちゃんが、満面の笑みでカウンターの中から出迎えてくれた。店は初めてでも、シェフが知り合いだと、くつろぎ度が違う。

 さてと。何から注文しようか。

みな1みな2みな3みな4みな5みな6

 まわりの人がなんだかおいしそうなものをパンにつけて食べている。それ何?と聞くと、たまねぎをとろとろになるまで炒めたペーストだという。さっそくそれをバゲットの上に載せる。う、旨い。そして茄子ときのこの炒めたの。ガーリックがほどよく利いている。本日の鮮魚のカルパッチョ。鯛である。そしてひらめのソテー。これにもたっぷりのきのこのガーリック炒めが載っている。ワインがガンガン進んでしまうのと、どうしてもみなちゃんの顔を見るとたくさん食べて期待に応えなければ、という悪い習慣を思い出す。ここまででもけっこうお腹いっぱい。だけど、やっぱりみなちゃんのパスタは食べなきゃ。で、アマトリチャーナを注文。

みな7

 ガラガラガラ。カウンターの向こうの厨房でフライパンを振る音に聞き覚えがある。フライパンの底と五徳が当たる独特の音だが、とても懐かしい。昔よく聞いたみなちゃんのフライパンの音である。あの六甲の店にいるような気がしてきた。店や場所が変わっても、料理人のちょっとしたしぐさや調理の段取り、立てる音というのは変わらないもんだ。変わらないものが、ここにもある。なんだか、とても、とても、うれしくなる。

 もちろんパスタの味も硬さも昔と同じ、かなりハードなアルデンテ。前の店のときも、もう少し柔らかくならないのという要望が多かったにもかかわらず、頑として曲げずこの硬さを通してきたみなちゃんの流儀だ。夢中になって食べていると、カウンターの向こうからみなちゃんが、にやにやしながら近づいてきた。

 「おいしい?」
 「おいしいよ〜懐かしい味やわ〜なんで、こんなにおいしいの〜」

 「そりゃあ、愛情こもってますから〜」

 みなちゃんには、いつまでも彼なりの流儀をくずさず、頑張っていってほしい。