千夜千食

第71夜   2014年5月吉日

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ひがし茶屋街「みつ川」

夜の金沢でここは絶対外せない。
きりっとした個性が鮨にも、うつわにもみなぎっている。
わずか8席だけど三回転する日も普通にあるらしい。

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 初めて訪れたときは、犀川沿いの歓楽街の雑居ビルの中にあった。店の前の路地を奥まで行くと、犀川の堤防が見えるロケーション。店はきゅっとコンパクトでカウンターのみ。そのカウンターからきりっと軽快で見目の良い鮨を握っていて、いっぺんで気に入った。昼に「小松弥助」に行ったばっかりだったので、大将がイカの三枚おろしをしていたのに思わず「あ、その切り方って・・」と言ってしまった。すると「うん、そうです。だけどあいだに大葉をはさんでいるから完全ぱくりじゃないですよ」と茶目っ気たっぷりに返された。「小松弥助」の森田親方の方法は、こうして金沢の若手にしっかり受け継がれているのである。いいと思ったものはちゃんと敬意を表しながら、積極的に取り入れていく。こういった姿勢はどんな分野でも大事なことだろうと思う。

 犀川沿いの店に二度ほど通った後に、浅野川の向こうにあるひがし茶屋街に移転したとの案内をもらった。ひがし茶屋街は観光地金沢の中でも、出格子のある古い街並みが残った昔ながらのエリア。夕刻ともなると軒灯りがともり、独特の風情が漂う。その目抜き通りから一本脇に入った路地のどんつきにある連子格子の町家。ひっそりとのれんがかかっている。地の利を得た、最高のロケーションである。カウンターは8席。座れる人数が前とほとんど変わっていないのがとてもよい。拡張ではなく、さらなる充実を選択した意気込みを感じる。インテリアも、さりげない中にこだわりが光る。和紙を網代組にすることで光をやわらげた天井、すがすがしい檜のカウンター。正面に置かれた皿は、前の店でも使っていた大樋焼。店が新しくなったからといって変えないものがきちんとあることも、軸がブレていないことの証拠であろう。

 一年ぶりである。日本酒はアンティークバカラや切子の徳利やグラスで供される。これもわざわざパリへ探しに行くと聞いたことがある。そのこだわりは半端ではない。大樋焼にはじまって、九谷の名品もさりげなく使っている。名工八十吉について常連さんと語っていたこともある。考えてみれば、金沢は空襲を受けず、街そのものが江戸時代と地続きの土地である。名品も多く残っていることは想像に難くない。それに何より、大将本人がうつわが好きなのだろう。焼き物の話もここではいろいろ弾むのだ。

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 今回は、黒龍をいただきながらもずく酢。生姜を利かせてあり、この酢で胃袋がぎゅっと収縮し食欲が高まってくる。バイ貝とイカの酢味噌あえは、弾力ある歯ごたえがたまらない。ぱくぱく食べる。皿に並んでいるのは真子鰈、アカニシ貝、アオリイカ、そしてがすえびである。6月中旬までしか食べられない例のえび三兄弟のひとつである。ねっとりと舌にからみつく。鰆の西京焼き。瀬戸内海のとは微妙に違うのだが、金沢でも鰆はもちろん穫れるのである。ただし厳密にはこちらではかじきのことを鰆と呼ぶらしい。ホタルイカのあえもの。これはもうこの地のお家芸的ネタであろう。盤石の味わいである。タコとイカは少し甘めの出汁に浸かっている。カワハギには肝ソースがかかっている。これも絶品。最後に、のどぐろの頭の煮付けと若竹煮。いちばん美味しいところである。目玉も大好物。ゼラチン質の身が、面白いようにぽろりとはずれる。

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 握りは石鯛。コチ。こういう白身の変化球、大好きなんである。きりり端正なこちらの酢飯に、よくマッチしていると思う。すみいかの歯ごたえもこたえられない。白えびも関西ではなかなか食べられない地元ネタ。軽く炙ったかつおは香ばしく、バイ貝も金沢ならでは。一応江戸前なので大トロも。そしてあじ、さより、煮はまぐりときて、穴子。軽く炙って塩でいただく。うにはイカの上に乗っている。こちらも塩で。そして最後はのどぐろの手巻き。これがまた、旨いのだ。こちらの定番的シメの一品である。デザートにはもちろん玉子をいただく。気分よく酒を飲み、ぱくぱく食べ、よい心持ちになる。

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 久しぶりなので大将といろいろ話していて吃驚した。新しい店を近江町市場に出したという。そちらは、もっとリーズナブルに鮨を食べられる店らしい。そして、もうひとつ驚いたのは、まもなく新幹線が開通する金沢駅にも二号店を出すという(今現在、金沢駅の中にあるらしい)。こちらのお店で修行したお弟子さんがそちらの新店には出るらしいのだが、店を拡大するというよりは本店とそのデフュージョンブランドといった関係のようである。こちらで充分満足しているし、めったに来られない地であるから行く機会はなかなかなさそうだが、万が一本店の予約がとれないときは立ち寄ってみたいと思う。