千夜千食

第104夜   2014年7月吉日

  • icon_14px
  • icon_14px
  • icon_14px
  • icon_14px

観音屋「チーズケーキ」

レシピはきっと昔から変わっていないのだろう。
「 最古・新古・復古 」の味。
35年を経てこちらの味覚が変わるということもある。

 神戸元町の三丁目といえば、昔はそれなりに賑わっていた。私がまだ大学生の頃だ。「観音屋」という名のなんとも形容しがたいインテリアの喫茶店があった。いわゆるアンティーク調というのだろうか。だけど中には観音様が鎮座していて、そのキッチュさが当時はいかにも怪しげであった。そもそもキッチュという感覚もまだなかったような頃である。名物のチーズケーキというのがあり、一二度口にしたことがあったが、その当時の私には「え?」という味だった。というのも、元町商店街から正反対の東に行けばモロゾフの本店があり、こちらのチーズケーキのリッチ&スイートさに比べると、デンマークチーズケーキの味はチーズの塩気と素っ気ないスポンジケーキの組み合わせにしか思えず、とうてい若い味覚には合わなかったのである。

 ところがである。

 JR大阪駅で久々に目にした観音屋というロゴ。やがて新神戸駅でも売るようになり、やたら赤いパッケージが目につくようになってきた。キャッチフレーズは「すべらない、神戸土産」である。「ふーん、すべらないねえ・・・」と思いながら、長らく買うことはなかった。それが新神戸駅で、ふと、魔が差した。あまりにキャッチフレーズが目につくので、「どれぐらいすべらんか試したろか」的ないちびり根性がむくむくとアタマをもたげてきたのである。

th_写真th_写真[1]

 観音屋のデンマークチーズケーキは、トースターで3分から5分ほど焼いて食べる。すると表面のチーズがとろ〜りとなり、その熱々をいただくという一風変わった食べ方をするのだ。デンマークの純正チーズ(チーズに純正があるというのは知らなんだ・・・)を使い、ひとつひとつ手作りしているのだそうだ。大昔もそうやって食べたかどうかは定かではないが、家に帰って早速レンジのオーブンで焼いてみた。上に乗っているチーズがとろけて、表面がぶつぶつしてきたのを取り出しいただく。すると。大昔はなんだか今イチだと感じていた味が、妙に味わい深く美味しいと感じるのである。ホームページには「きめ細かくふわふわのやわらかいスポンジケーキに、デンマーク直輸入、最古のレシピを使った純粋の生チーズをオリジナルブレンドしたチーズがとろ〜り。焼きたて特有の芳醇な薫りがふわ〜とあたりに広がります」とある。

 第22夜で浅草「アンヂェラス」のバタークリームケーキについて書いたが、近頃濃厚なスイーツに辟易しているのは事実だ。私自身も年齢を重ね、濃さや甘さがツーマッチすぎるものがしんどくなっているというのもあるのだろう。デンマークチーズケーキ。最古のレシピとある。昔から伝えられてきた素材と素材のシンプルな組み合わせ。今となっては新古の魅力というべきか。味覚の復古というべきか。素直なその味が、今とても美味しい。

◎追記

デンマークチーズケーキだけではない。昔から何ひとつ変えず作ってきたものの美味しさに改めて気づくということが、近頃多くなってきた。シンプルな素材で、奇をてらわず素直に、誠実に作り続けているもの。スイーツでいうと、とらやの夜の梅。泉屋やウエストのクッキー。豊島屋の鳩サブレ。凮月堂のゴーフル。空也のもなか・・・・。地方にはもっと豊かなその土地ならではのスイーツがある。なくしてはいけない昔ながらの味。普段の暮らしの中で何気なく食べ、愛し続けたいと思う。