千夜千食

第117夜   2014年8月吉日

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芦屋鮨「㐂一」

苦楽園にあるあの名店の弟さんが
独立したという噂を聞きつけて早速。
こうして志のある若い人がどんどん出てくるんだなあ。

 芦屋になかなかよい鮨があるらしい、と飲み友達のツネヒコ情報である。何でも、苦楽園の「まつもと」の弟さんが独立したというのだ。「まつもと」はかなり前に一度だけ伺ったことがある。凛としていて、エッジの効いたなかなかの鮨であった。店主が若かったことに驚いたのをよく覚えている。若いといっても30代ではあろうけど(こっちが歳とってくると30代でも若いと思うようになる)、面構えに非常にビシッとしたものを感じたものである。そのとき、弟さんは奥にいたのだろうか。あまり顔は覚えていない。が、ストイックに修行を重ねてきたのではないか、と思わせる店であったので、噂を聞いただけでうずうずしてきた。早速予約する。

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 場所は芦屋の打出と聞いた。ここはたいそう歴史の古い場所で、神功皇后の皇子たちが打ち出た場所であるとか、昔から交通の盛んな場所であったことから旧西国街道が初めて海に打ち出たところとか、はたまたすぐ近くに打出小槌町もあるので、例の打ち出の小槌に由来しているという説まである。近所には業平(なりひら)や公光(きんみつ)という地名もあって、こちらは伊勢物語に登場する在原業平やその物語に憧れた若者の名前がそのままついている。こういうことを語りだすと芦屋には、鵺塚(ぬえづか)とか親王塚、古墳まであり、とにかく古い場所であることがよくわかる。

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 目指す鮨は打出の駅よりは、芦屋駅に近かったが、公光町の隣の大桝町というところにある。現代的なビルの中に突如白木の引き戸と暖簾が見える。ガラリ。中は凛とした清浄な空間。カウンターの真ん中あたりに座る。大将は物静かな雰囲気であるが、決して無愛想ではない。朴訥かつ穏やかな印象である。
 まずはツマミから。雲丹と蓴菜。ありそうでなかなかない取り合わせである。悪くない。あこうはねっとりと口腔にまとわりつき、つぶ貝はコリコリで、うん、と頷く歯ごたえである。炙ったイワシはこたえられない旨さ。続いてタコ、そして漬け込んだ牡蠣。白いのは竹豆腐である。この後、握りますかと聞かれたので、もう少しツマミをと所望する。出されたのはホタルイカの干物とアワビのひもを和えたもの。これは酒の肴であるな。いや、嫌いじゃないけど、もっと肴、もとい魚はないのかしらん。ないのであろう・・・。ツマミをこれでもかと出すタイプの店ではないようなので、握ってもらうことにする。初めてのときは、店の流儀に素直に従う。

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 最初はキス。瀬戸内育ちの私は、この魚けっこう好きである。イカは細かく刻まれた弥助スタイル(第70夜参照)。たしかお兄さんの店に伺ったときにも、その弥助スタイルについて会話し、尊敬する鮨職人さんですと言っていたような記憶が蘇ってきた。それは、ちゃんと弟さんにも引き継がれている。素晴らしい。こういうの大好きだ。数寄の伝承。鯛もただの鯛ではなく、メイチダイ。極上の白身、高級魚である。アジ、中トロ、トロときて、大好きな鰆の登場である。神戸で鰆はなかなか食べられないのである。それが芦屋にある。そして新子。これだって、昔はお江戸に行かなきゃ食べられなかったものだが、最近はちゃんと関西であたりまえのように出てくるのである。流通と流行に感謝、である。で、鮎の棒寿司が出されるところなど、渋すぎる。続いて、軽く炙った鱧。あいだには、酢味噌が仕込まれている。変化球である。アワビもなかなかの出来栄え。シジミにも驚かされる。普通は椀種で、しかも身は食べない。カッコつけて食べないのである。だがあの滋味たっぷりの出汁を出す貝なのである。旨くないわけがない。そこに目をつけたのだな。う〜んと唸る。もちろん、きちんと仕事がしてあり、たいへんによろしい。車海老、穴子、雲丹。どれも申し分がない。旨い。そして、そして、最後は意表をつく助六が登場する。

 ツマミ好きなのでもっとツマミの品数があるほうが好みではあるが、それを差し引いてもネタのバリエーションと構成にアイデアと工夫がある鮨だと思う。トータルで十二分に満足する流れがある。何より、まだ若い店主。これからどんどん進化していくだろうと思わせる余地があり、そこがたいへんに好ましい。

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 最後の助六の巻きずしがあまりに美味しかったので、つい追加で所望した。お土産に持って帰りたくなるくらい旨い巻きであった。