千夜千食

第123夜   2014年8月吉日

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目黒の「八雲茶寮」

ちゃんと待合が設けられている茶寮。
こういうこだわりを持つ店があるのはうれしい。
年何回かスペシャルなオケージョンのときに。

th_路地

 前回、訪れたのは三月だった。茶事のような洗練された流れで供されると書いたが、夏葉月はどういうしつらえで楽しませてくれるのか。期待が高まる。

 食事に誰かと行くとき、私はたいてい現地待ち合わせ、というスタイルにする。約束の時間に遅れることは滅多にないが、あまり遅れてしまうと店にも相手にも迷惑をかけてしまうので、その歯止めになるということもある。何より、時間を逆算して現地に向かうときから、仕事であれプライベートであれ、食事の時間は始まっているのである。

 もともと茶事では、「待合」という場が整えられており、客はそこで定刻の15分ほど前に待ち合わせる。連客全員がそろったところで亭主側に知らせ、白湯や香煎をいただいた後、腰掛け待合へと進む。つまり、周到な二重の待合というものが用意されているのだが、それはたった一度しかないその機会を気持ちよく過ごすためのノウハウともいえる。一座建立というのはまさしく、この段階から始まっているのである。

th_入り口

 こちらには、そんな待合のような空間がある。相客がそろうまでここでお茶などをいただけるのである。そろったところで席に案内されるという段取りである。こういう場があると、現地待ち合わせは格段に心地よくなる。海外のレストランにもウェイティングバーというのがあるが、あれも意味としては同じだろう。残念ながら、日本の和食空間で待合のある店は料亭をのぞけば限られてしまうが、一軒だけ鮨屋なのに待合があるという店を知っている。(これは回會メンバーである三浦さんところの仕事なので、当然茶室風の待合をつくるなんぞお家芸ではあろうが、スペースのゆとりがないとなかなかできないことである。発注した側の志が高いのであろう)そして、ここ八雲茶寮も茶寮と名付けられているくらいだから、志はそうとう高い。

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 席入りした後は、本日の食材のプレゼンテーションである。季節は晩夏。来る秋の象徴である松茸の顔見世である。涎が出る。太刀魚も巨大である。茄子やアスパラガス、みょうがもぴちぴちでみずみずしい。

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 しょっぱなのお皿は、茄子とアスパラガスである。ほとんど新鮮な状態のものをスペシャルなソースに漬けていただく。(残念なことに、写真を撮ったはいいが、料理の詳細の記録を失ってしまった・・・ディテールは割愛させていただく)。続いて鱧三種。落とし、押し寿司、パリっと炙って唐墨をふりかけたもの。こういうアワセ・キソイ・ソロエは紛れもなく日本の方法である。日本酒は特別純米酒「姿」。時代を経た色絵のように見えるぐい呑でいただく。こちらのうつわのほとんどを作っている岡慎吾さんの作品である。お椀のかわりに出てきたのは、すっぽんのスープ。どこまでも澄んでいるのに、滋味深い。お造りは鯛。関西では状態のよいものを活かってる(イカッテル)と言うが、まさしくそう。痺れるほど枯淡な味わいの白磁の皿がまたよい。二皿目はマグロ。赤身、中トロ、大トロとこちらも三種盛り。芥子でいただくというのも乙である。日本酒の杯が進む。辛口純米の「真野鶴」。マグロ独特の味を、すっきり流してくれる。そして、豪快にも松茸の天ぷらが登場した。魚の姿造りというのはあるが、松茸の姿揚げは初めてである。厳密には天ぷらではなくフライであるが、すだちをきゅっと絞って、さくっと噛めば麗しい香りが立ち昇る。続いてのお肉も火の入れ方が絶妙。桃の練乳がけで口直しをした後は、太刀魚のしゃぶしゃぶ仕立て。たっぷりのねぎとミョウガと一緒に出汁にくぐらせて。これ、家でも試してみたい。太刀魚をこんなふうにいただいたのは初めてである。食事はそのしゃぶしゃぶを卵でとじたものと一緒に。二回目も非常に満足である。

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 食後のデザートは、茶房と呼ばれる空間に移動して、その場でつくってくれる和菓子を味わう。まずはきんとん。続いては、瞬く間に桔梗が形作られた。職人さんの手わざを見ているだけで楽しいし、何よりできたての和菓子をいただく贅沢さよ。抹茶をいただいて、ゆっくりと茶寮を後にした。

 こちらでは、四季折々の和菓子を紹介する「和菓子の愉しみ」、「茶歌舞伎」という遊びを体験できるイベントや、私が待合と(勝手に)呼んでいるサロンでも陶芸などを中心にした企画展が行われている。夜は紹介制だが、朝餉、昼懐石、ティータイムは誰でも入れるとのこと。時間や場面に合わせて、いかようにもスタイルを替えることのできる融通無碍な場である。