鯖街道の鯖ずし「朽木旭屋」
街道には名店がいろいろあるけれど
僕はここのが好きと教えてもらった。
しもた、もう何本か余分に買うとくんやった。
鯖街道を初めて車で走った。
若狭の小浜と京都を結ぶ街道のことをこう呼び、若狭で穫れた鯖を京都に運ぶルートとしてつとに知られている。小浜に伝わる古い文書の中には「生鯖塩して荷い、京へ行き任る」とあるように、昔は生の鯖を塩で締め京まで運ぶとちょうどいい塩梅になったようである。鯖街道はいわゆる総称で一本だけでなく何本かあったようだが、小浜から熊川宿を経由し滋賀県の朽木村を通り大原から出町にいたる若狭街道がもっとも盛んだったという。街道の歴史は古く「延喜式」によれば若狭の国は「御食国(みけつくに)」と呼ばれ、すでに藤原京や平城京に租庸調以外に贄(にえ)を貢いでいた国として記録されている。つまり、朝廷に税として塩や塩漬けした魚介類を納めていた歴史は奈良時代まで遡れ、大和朝廷にとっても特別な意味を持つ道だったのである。
そういえば、奈良東大寺二月堂の「お水取り」は有名であるが、それに先がけ小浜には「お水送り」という行事があることを思い出した。「お水取り」で使う「お香水」は若狭の遠敷川(おにゅうがわ)から10日間かけて二月堂の若狭井に届くといわれている。これは天平の昔、修二会に参列される神々の中で、若狭の遠敷明神だけが川漁に時を忘れ遅参したので、その詫びをかねて若狭より二月堂の本尊へお香水を送る約束をされた故事にならっているのだそうだ。「お水取り」の由来ひとつとっても、若狭と奈良との関係の深さが見て取れる。
鯖街道に戻ろう。
さすがに鯖街道というだけあって、走っていると鯖ずしの看板がやたら目につく。脂ののった鯖ずしはむろん大好物である。京都市内ならやはり「いづう」に軍配があがるとは思うが、せっかく鯖街道を走っているのである。どこかおすすめは?と運転しているMさんに問うてみた。「うーん、有名なのは花折とかやけど、僕のおすすめはここ」と連れて行ってくれたのがこちらのお店。鯖の旨みを出すために大吟熟成仕込みという製法でつくっているそうな。入ってびっくりしたのだが、ランクによって値段の幅がかなり違うのだ。2,808円の「松」から上は12.960円の「真幻」まで。お店の人が初めてなら「朽木」というポピュラーなのでじゅうぶんおいしいとすすめてくれる。しかし、その上の「極」というのは最大サイズの鯖を使用し丸々しており、厚みが違う。そのまた上の「まぼろし」は極厚の極上の脂のりだと言う。最高級の「真幻」にいたっては究極の鯖を使い、あまりもの身の厚さに絶賛する人と抵抗を示す人があるというほど凄いらしい。ホームページでは「極み」クラスを召し上がってからご購入くださいとある。た、食べてみたい。「まぼろし」で値段は「朽木」の倍、「真幻」にいたっては三倍だ。やっぱり、ここは豪勢に「まぼろし」あたりを行っとこうかどうかさんざん手に取り迷ったあげく、やっぱり普及品の味試しをしてからでも遅くはないと気を取り直す。
夜、さっそくいただいた。普及品とはいえずっしり重く、鯖の厚みもなかなかのものである。まずは一切れ口に運ぶ。う、旨い。身は生の鯖に近いのに、酢の自然な酸味がほどよく染みており、鯖の脂がすうっと心地よく溶けていく。これが例の大吟熟成仕込みのなせる技か。もうぱくぱくといくらでも食べられる。あっという間に一本を完食した。せめてあと一、二本買っておくんだったと後悔。だけど、ホームページを見るといつでも注文できることがわかり、胸を撫で下ろす。次回はひとつ上のランク「極み」を注文しようと心に誓った。