千夜千食

第131夜   2014年9月吉日

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岡山鮨「ひさ田」

雄町米でつくる日本酒、吉田牧場のチーズ、瀬戸内の魚。
岡山という場にこだわったクリエイティブな鮨。
旨い!旨い!旨い!と拍手したくなる創意に満ちている。

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 噂には聞いていた。岡山のちょっと奥の方に、凄い鮨屋があることを。岡山だったら、実家に帰るついでにも寄れるし、神戸からだって日帰りできる。行こうと思えばいつでも行ける。グーグルで検索したら、その店は岡山の赤磐市という郊外にあった。岡山市ではないが、ま、その近くだろうと高を括っていた。

 ちょうど、松岡師匠の秘密倶楽部の終了が岡山市内で5時頃である。終わってから、ちゃっと寄ってちゅっと食べてさっと帰れるではないか。ところが、岡山市内からタクシーに乗ったはいいが、運転手さんが「かなり遠いですよ」と言う。知ってるようで知らない岡山市。市街地を外れ、旭川のほとりをタクシーはどんどん上流に向かって走るのだが、グーグルマップというもの市街地では威力を発揮するが、郊外に出ると距離感覚がどうもつかめない。走っても走ってもたどりつかないのである。「ほんまに遠いですね」と言うと、「ほんま遠いです」と運転手さん。まだかまだかと現在地を確かめながら、ほぼ40分。ようやくめざす店に近づいて来た。住宅街である。運転手さんが「ほんまにこんなところに鮨屋があるんですか」というが、ほんまにこんなところなのである。

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 すし処「ひさ田」は住宅街の中に突如として出現する。「あ、ここです。運転手さん」「ああ、お店ですねえ」と会話を交わし、車を降りた。予想していなかったタクシー代に少しびびるが、しかたない。タクシーのテールランプを見ながら、運転手さんに頭を下げる。

 こんばんは、とのれんをくぐると、そこは端正なインテリアの、紛れもなく旨い鮨を出す店の佇まい。カウンターのいちばん端っこ、私がポールポジションと呼ぶいちばん好きな席に案内され、さてと。大将は、フレンチレストランのソムリエのような鮨屋らしからぬおしゃれな風貌。ちょっととっつきにくい感じ・・・。

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 ところが、鮨や酒について尋ねると、相好を崩すというか、たちまち嬉しそうな顔になる。おすすめに従い、東北泉の雄町純米を注文。雄町の米は、ここ赤磐で育てられているのである。郷土愛がにじみ出ていて好感が持てる。まずはおまかせでツマミから。いきなり鱧しゃぶの登場である。う、旨い。鱧、旨い。続いて太刀魚を軽く炙って土佐酢のジュレをかけたもの。風味絶佳である。

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そして先ほどから串に刺し炙っていたのは、だ、大好きな鰆。じゅうわあ〜んと脂がのりきっている。岡山に来たら、やっぱり鰆でしょ。わくわくしながら待っていると、いきなりですね。チーズを出してきて、鰆の上で削り始めるではないか。いや、チーズを組み合わせるというのは聞いていた。期待もそれなりにしてきたつもり。だけど、それを貴重な鰆にやるの?も、もったいない。鰆のたたき・吉田牧場のチーズがけ。まるでパルミジャーノのようにたっぷりと鰆にかけるのである。ほんまに、これ合うのかいな・・・・半信半疑で口に入れると、ものすごく合うのである。何?この組み合わせ!目が白黒しちまうくらいの旨さなんである。大将はヨシダジャーノですと得意満面。ここで、同じ雄町純米の今度は吟醸で綿屋という日本酒をもらう。ぐびぐび飲みながら大将の所作をチェックしていると、こんどは何やら小さな豆腐状のかたまりをさくさくと半分に切り盛りつけている。え、これは?そう、吉田牧場にとくべつに作ってもらったという小ぶりのモッツレラ。軽く塩に漬け込んでいるのだそうだ。わさび醤油でいただくそれは、チーズというより本当に押し豆腐のよう。歯ごたえもある。これがまた美味しいの。たまらず日本酒を追加!宮城の墨迺江という特別純米酒。今まで鮨にワインを合わせている人たちを冷ややかに眺めていた私。チーズと日本酒を旨いと思う日が来るなんて。もっとも、モッツレラは癖がないし、わさびと醤油のマジックで日本酒とも違和感なくマッチする。しかし、ここ、凄い。面白い。愉快。ファンタスティックかつファンキー。愉悦のツマミ攻撃である。

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 これは握りも期待できるい違いない。そまずは中トロ。美しい。旨い。脂ののり具合が均一で、舌の上ですーっと爽やかに溶けていく。キスも皮と切り目を美しく配した一品で、キラキラしている。これも旨いのだ。特筆すべきは大胆にざくざく切ったガリ。これを文字通り、ガリガリ食べる。ここで呉の宝剣という酒を。ハリイカはねっとり蠱惑的。マグロのづけは、天身といって中心に近い筋のない極上の部位。今までの赤身の概念がくつがえされる。清楚な風情のサヨリ、こういうのを吉永サヨリというのだな。

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この上ない締め具合の鯖、車海老にいたっては表は赤いが裏は半生。これ、どうやって加減するんだろう。我慢できずに上喜元の純米吟醸を注文。笠岡のイワシには芸術的な網目が施されている。鰤の端正さといったら、どうだろう。ウニはもちろん瀬戸内海の赤ウニである。世界でいちばん美味しいヤツね。そして先ほどチーズをまぶされていた鰆は今度は辛味大根を乗せられ再登場。いいね、いいね。そしてシャコ。こういうのをいただくと瀬戸内にいるという気になってくる。イクラはご愛嬌。だけど、このクオリティも素晴らしい。スープ状のものはあらら、魚のアラのスープである。握りの最後は煮穴子。しっとり柔らかで、うっとりする食感。シメは、沢庵の古漬けとハーブの巻き。えっ、ハーブと思うのだが、最後に口中をすっきりさせてくれる。立方体の卵は、三つ葉が入ってふわふわ。でもって最後のデサートはなんとうれしいあんこ玉。うふ。

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 それにね、鮨を置いてくれる陶板がまたシブいのよ。ご当地の備前焼。酒器もツマミのうつわも、唐津や瀬戸で大将はそうとうにこだわってる。

 来た甲斐があった。はるばるタクシーに乗った甲斐があった。

 こんな鮨屋があるなんて。大将にタクシーに乗ってきた話をすると、事前に電話をすれば岡山駅でも最寄りの瀬戸駅(最寄りとはいえここからでも20分)でもひさ田専用タクシー(少し安めの定額料金)があるのだという。つまりですね。タクシーに乗ってでもここに来たい客が全国にいる、ということである。

 いやあ、恐るべし。ひさ田に骨抜きにされた夜でありました。また、絶対行く。