千夜千食

第164夜   2014年12月吉日

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NY Sushi 「Nakazawa」

今、ニューヨークでいちばん話題になってる鮨。
現地の友人たちも一度は行ってみたいというその店に
意気揚々と出かけてみたのだが・・・。

 毎年恒例の友人揃ってのディナー。今年はこの「Nakazawa」であるのだが、ニューヨークでは評判が高く、予約が取れないということでも話題になっているようだ。もちろん、7時や7時半というディナーのゴールデンタイムの予約は無理で、やっと予約できたのが8時45分スタートである。

 夕方にセントラルパークで集合していた我々は、復活したタヴァーン・オン・ザ・グリーンですでにマンハッタンなどを飲んで、鮨への準備は万端である。(余談であるが、タヴァーン・オン・ザ・グリーンは2009年に倒産してクローズしていたのだが、経営が変わって2014年にリオープンした。ニューヨークに来始めた頃ここはゴージャスなグリーンルームで、何度か連れてきてもらったが、当時のザ・ニューヨークといういかにもの雰囲気に満ちていた。今はすっかりカジュアルになっている。ま、それでも、イルミネーションの素晴らしさは健在であるけれど)

 ちょうど、日本を経つ前に見た「情熱大陸」でこちらの店の大将が取り上げられていた。そうか、「すきやばし次郎」にいたのか。家族そろって移住したのか。20貫の握り一本メニューなのか。目指しているのはニューヨーカーの口に合う鮨なのか。いずれはすべてアメリカの魚でまかなう、ニューヨーク前にしていくのか。ふーん。面白そうではないか。期待は高まる。それに、自宅の庭で魚を燻したりして、研究熱心でもありそうだし。

 店があるのは、グリニッジビレッジ。このエリア、ミートパッキンディストリクトで買い物して、ゆるゆる散歩しながらウエストビレッジ経由でソーホーへ行くときのルートである。小さなストリートが入り組んで交差する町並みは、古き良きニューヨークの面影を色濃く残している。最近は冬しか来られないけれど、初夏や秋に来たらどれだけ美しい風情だろうかといつも想像する。

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 セントラルパークからタクシーに乗り、一同Nakazawaをめざす。外観はカジュアルなレストランといったさりげない印象。気取ってなくて好感を持つ。入るとすぐ左にカウンターがある。が、レセプションの対応が少々いけなかった。女三人、季節は冬。みんなボリュームのあるコートをまとっている。それを薄手のハンガー一本に三枚重ねてかけようとした若いレセプショニスト。思わず口うるさい友人(笑)が、それは無茶よと指摘する。たしかに無茶である。居酒屋ではないのである。れっきとした鮨レストランなのである。

 気を取り直して・・・。カウンターは満席である。テレビで見たご主人がカウンターの真ん中で、軽妙な感じでお客と喋りながら鮨を握っている。今、ニューヨークでいちばん予約が取れないゴールデンシートである。しかも一組2名様までという制限がついているので、3名以上は座れない。案内されたのは奥のテーブル席である。

 日本酒のリストを見せてもらい驚いた。ひとつは凄い品揃えに、ひとつは値段に。いや、普通の日本酒もあるんだけど、菊姫の大吟醸1600ドルとか獺祭その先へは1400ドルとかを見るとさすがの私もびっくりしてしまう。そもそも獺祭その先へがあるということも凄いけど。

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 こちらの流儀はツマミなしの握り一本勝負。まず出てきたのは、二種のサーモン。手前のは北海道の時しらずに沖縄の塩をぱらぱらとかけている。向こう側はアラスカサーモンを軽く燻したもの。ひと口食べて、ガツンときたのはシャリの具合。典型的な江戸前である。ご主人が修行したあの名店は一度しか行ったことがないが、ここまでくっきりしていたかどうか。悪くない。ネタとも凄く合っている。二皿めはホタテを柚子胡椒で握ったのと、イカに梅パウダーと醤油をちょんと乗せたもの。続いてはシーバスに柚子胡椒とブラックバス。ううむ、それぞれ親戚のような魚のアソート、これ、なかなか楽しいではないか。

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 お次は、鯵、サヨリ、真魚鰹。それぞれが遠い親戚か、三兄弟のような趣。海老は、ぼたん海老と車海老。うん、食べ比べって愉快、楽しい。そして次なる三兄弟は、キングマグロという解説があったがさわらと鰤、燻したハガツオ。このハガツオというのはじめて聞いた。説明してくれるのがアメリカ人で、一生懸命魚の名前を日本語で言ってくれるのはいいけれど、「え?ハガツオ?」「ハガツ〜オ」「ハツガツオ?」「ノーノー、ハ〜ガツ〜オデス」と何度聞いても耳慣れないので腑に落ちない。でも調べてみるとハガツオというのはたしかに存在するカツオの種類なのであった。ま、それなりにデリシャスだったので、いいけれど。

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 お鮨はそろそろ終盤。やって来たのはトロとヅケ。やっぱりマグロ兄弟とこの江戸前のシャリはよく合っている。そしていくらと雲丹の軍艦ブラザーズ。どちらも勢いがあって、なかなか美味である。オーラスは、玉子と穴子。これは子つながりかしらん(笑)。玉子もちゃんと仕事がされている。しめて20貫の鮨ディナー。日本のネタもあったけど、それにこだわることなく大西洋周辺の新鮮なネタをアグレッシブに取り入れ、ニューヨーク前鮨に昇華させている。その気概はじゅうぶんに感じたし、燻したり、柚子胡椒をはさんでみたりの工夫も見られ、鮨としての美味しさを追求していることはよくわかった。しかし、またしてもお後がいけなかった。

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 スタートが8時45分だから、鮨が終了したのは11時近く。さあ、お勘定をとフロアを見渡すと、もう客は私たちを入れて一組だけ。フロアにいたマネージャーらしき日本人の姿も消えているし、何より驚いたのは人っ子ひとりいないカウンター。いや、別に大将と何の面識もないし、私たちに挨拶する必要がないこともじゅうじゅう理解はしている。だけど、鮨職人全員がいない。しかも、こちらのカウンターは入り口にあるから、誰もいないカウンターは目立つのである。件のレセプショニストも、すでに帰っている。店に残っていたスタッフは、たしか二、三人。責任者不在である。こんなことってあるんだろうか?ニューヨークのレストランで8時45分スタートというのは、別に非常識な時間帯ではないと思う。でもこれじゃ、遅がけに入店した私たちが悪いみたい・・・店はもう終わっているといわんばかりの様相。きれいに後片付けされた寒々しいカウンターに別れを告げ、店を後にした。

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 鮨は悪くなかった。プレゼンテーションも楽しかった。だけど・・・ま、一回行ったから、もういいか。