NYイタリアン「il Buco」
ずーっと同じ場所で同じ佇まいであるというのが
こんなリスクの時代にはなんと安らぐことであろう。
何年かぶりに行ったが、変わらず旨い。
初めて行ったのはもうかれこれ10年前くらいになるだろうか。デザートのパンナコッタにかけられていたものに衝撃を受けた。てっきりカラメルだと思っていたそのとろりと濃厚な液体は、熟成が進みこっくりと甘みを増したバルサミコだったのである。こういう使い方もあるのか、と妙に納得したことをよく憶えている。
バルサミコは、北イタリアのモデナという地方に伝わる伝統的なお酢で、ブドウの果汁を濃縮させ木の樽で熟成させたものをいう。もともとイタリア語ではバルサミコというのは「芳香性の」という意味だそうで、名前そのものがあの独特の香りを表しているというわけだ。
私はけっこうお酢好きで、海鮮焼きそばには当然のごとくお酢をどぼどぼかけるし、小籠包のような点心もできれば黒酢でいただきたい。りんご酢やブドウ酢はもちろんキッチンに常備している。最近のお気に入りはブドウ酢を冷たい紅茶やスパークリングウォーターで割って飲むことで、それだけで身体がスッとして、心なしか健康になるような気がしている。バルサミコも近所のいかりスーパーがいろんな種類を揃えているのであれこれ試してみたが、それなりの値段を出せば熟成香のあるまろやかな味のこりゃあさぞ高級品であろうと頷けるものも手に入る。
「il Buco」の棚にはオリーブオイルだけでなくこのバルサミコがズラリと並んでい、何やら古そうなボトルもある。冒頭書いたデザートに使うというのは、イタリアではポピュラーな使い方であるらしい。
今回は、それ以来である。いや、10年のあいだ一度くらいは行ったかもしれないが、それでも久しぶりである。ちゃんと昔と同じ場所で内装も当時とたぶんほとんど変わらずにあるということだけで、凄くうれしいし、なんだかホッとする。テーブル席の予約がとれなかったので、バーのカウンターに座る。
友人によれば、ここで最近のお気に入りは芽キャベツのサラダ(たぶん、芽キャベツだったと思う・・・)だという。もちろんメニューには載っていない、いわゆる裏メニューである。芽キャベツの爽快な苦味をたっぷりのチーズがマイルドかつリッチな味わいにしてくれている。これはたしかに旨い。前菜にもう一品、それとパスタとリゾットをシェアしたのだが、うっかり料理名をメモするのを忘れてしまったし、店内がかなり暗いので写真のクオリティが悪いことをご勘弁いただきたい。
デザートはもちろん、あのパンナコッタである。ちゃんとドルチェメニューのいちばん上に、“cooked cream”drizzled with 10−year balsamic vinegarとある。口に入れると、バルサミコの芳醇な熟成香とともに、10年前の新鮮な驚きが還ってきた。また、行こうっと。