四十萬谷本舗「かぶら寿し」
今回の金沢での美味なる発見は、かぶら寿しである。
この名物、いやはや、ほんとうに旨いのだ。
駅の名店街で見つけた老舗の味を関西に連れて帰った。
金沢を訪れるのは春から新緑にかけてが多かった。ゴールデンウィーク後半に二泊ぐらいの予定でサッとサンダーバードに乗る。この季節はこの季節で、カレイや岩牡蠣、アジやイカも美味しいし、4月解禁の白エビや甘エビ、ガスエビなどもある。それはそれで、北陸でしかいただけない海の幸ではあったので、冬の金沢は意識の中からずっと抜け落ちていた。
魚好きとしては、不覚としか言いようがない。蟹と言えば、関西では松葉や越前までで、加能蟹のことは思いも及ばなかったし、ましてや寒ブリのことなど想像もしなかったのである。寒ブリは関西でも流通しているので、じゅうぶんそれで満足していたのである。
今回、松岡正剛師匠のおかげで冬の金沢に来ることができ、地元で食べる寒ブリの旨さを知ってしまった。そして、かぶら寿しがかくも私の味覚のストライクゾーンにハマるとは。表面に糀がついているし、若狭のへしこの類いであるとずっと思っていたのである(へしことは鯖の塩漬けをさらに糠で漬ける保存食。けっこう塩辛いのであまり好みではない)。ところが、はじめて、食べたかぶら寿しは、端正で上品なかぶらにねっとりしたブリの脂がからむ、極上の味わいではないか。端麗と濃厚。清楚な白と婀娜っぽい桜色。端正と華麗。かりりとまったり。山と海の幸の、まさしく幸せなまでの調和である。
まずは錦城楼のコースでいただき、ハッとした。近江町の魚屋さんでもその旨さを確認し、帰る直前のおでんやさんで念を押した。金沢駅で帰りのサンダーバードを待ちながら、名店街をうろうろしていると、目の前にかぶら寿しを売っている店があった。四十萬谷本舗。うん、名前からして旨そうではないか。 このかぶら寿し。馴れすしの一種で、もともとは北陸地方の保存食であった。四十萬谷本舗のホームページによると、藩政後期に「宮の腰というところの漁師が豊漁と安全を祈って正月の儀式のご馳走として、輪切りにしたかぶらにブリの切り身をさはみ麹で漬け込んだものを出しお互い味を競った」とも「前田の殿様が深谷温泉へ湯治に来られたときの料理のひとつとして出された」とも諸説はいろいろあるようだ。「金沢市史」には宝暦7年(1757)頃、年賀の客を饗応する料理として「なまこ、このわた、かぶら鮓」という記録も残っているのだそうだ。この三つは、今だってたいそうなご馳走である。海の幸に恵まれている土地でないと、そうそう食べられないものばかりである。
さっそく自分用と天皇バー用に買って帰った。舌の肥えた天皇バーのマスターも、常連のみなさんも、おおいに喜んでくれたことは言うまでもない。