新地「casa M」
誕生日をお祝いしてくれるという奇特なお方が
連れてってくれた新地の隠れ家。
泡まみれというのはこんな一夜のことを言うのね。
食事をご一緒しましょうとずーっと誘ってくださっていたSさま。が、なかなか互いのスケジュールが合わない。あれやこれやと調整しつつ、年を越してやっと都合が合った。私の誕生日をフェイスブックで見たようで、誕生日もお祝いしましょうというお申し出。素直に有り難く祝っていただくことにした。もちろん私がシャンパンを好きということもご承知である。泡まみれでやりましょうとうれしいメッセージまでいただいた。
現地集合である。指定された住所に赴くと、あらら、新地の中にもこんなファンキーな一角があるのね。雑居ビルと雑居ビルの間の路地に突如として出現する赤鳥居。(厳密には赤鳥居に見える鉄柱であるが・・・)そこには、や・き・と・りというファンキーな提灯までぶらさがっている。ほんとうにこの奥にシャンパンを出すような店があるのかしら。おそるおそる足を踏み入れ、突き当たりを左に曲がると、そこにも雑居ビル。そしてめざす店はそのビルの4階にあるのだった。
ビルの名前を薬師堂ビルという。薬師堂?
そう、この西側には薬師堂がある。創建は、なんと推古元年(593年)。聖徳太子による四天王寺創建時に建立され「なにわの守護」とされたという由緒あるお堂で、堂島という地名も実はここから来ているのだそうだ。堂島が拓けてからは「堂島のお大師さん」と呼ばれ、人々の信仰も厚かったようである。そのお堂、元々は旧毎日新聞社(今の堂島アバンザの場所)にあったようだが、今の薬師堂ビルのすぐ南側に移され、平成11年に堂島アバンザが完成したとき、再び元あった場所にモダンな建物となって戻ってきた。お堂には薬師如来像や弘法大師像などが安置されているのだそうだ。いやあ、知らなんだ。
本題に戻ろう。
なんとSさまはスペシャルなシャンパンを用意してくれていた。「ローラン・ペリエ グラン・シエクル1990」である。シャンパン好きなら目を細めるエレガントな辛口。おまけに凄いボックスに入っている。しかし、Sさま、今日はたくさん飲むのだからと、最初のボトルは、「コント・ド・ラモット」である。これはこれで美味しいのであるが、少しずつクオリティをグレードアップしていくというダンドリであるな。なんと剛毅なお方、ありがたや。
そのシャンパンに合わせて出されたのは、卵の上にオシュトラキャビア、そそてトーストの上に乗せたフォワグラテリーヌ。上にはソーテルヌのジュレが乗っている。卵好きとしては、ダブル責めである。鶏の卵とチョウザメの卵。海と山の幸の幸せな融合である。続いては、足赤海老が刺さったクリームポタージュ。甲殻のエキスをゼリーにしている逸品。たまりません。濃厚な海の香りをシャンパンのまろやかな泡が優雅に包みこんでいく。目を細め、ただただ唸りながら味わう。続いての一品はマグロのタルタルであるが、上に乗っているのはアボカドをアイス仕立てにし、それを削ったもの。まわりに添えられているのはワサビ菜である。ねっとりしたタルタルにシャキッとした冷たいアボガドが、立体的な旨さを生み出す。なんて素敵なマリアージュ。
ここまでで、1本空いたので、いよいよグラン・シエクルを開ける。
で、牡蠣の食べ比べである。伊勢の浦村の牡蠣はスモークオイルをたらしていただく。パスタに入っている牡蠣は五島列島のである。同じ牡蠣でも、産地によって、調理のしかたによって、まったく別の料理になって、お楽しみがダブルになるという趣向。こういうのは近頃の志の高い料理人に共通しており、鮨やイタリアンでもこういうチャレンジをする料理人を知っている。コースが平板ではなく立体的になり、ぐぐっと奥行きが出る。料理もアートであるのだなと実感するひとときである。
メイン一品目は、サゴシのソテー。塩加減が絶妙で、これがまたシャンパンによく合う。そして、サゴシの下には、浅蜊のリゾットが隠れているのである。二品目は美濃ポークのロースト。あっさりしているのに、丹精こめて育てられた豚特有の旨味がある。またたくまにグラン・シエクルが空いてしまう。ふう。なんてこった。しかたがないので、「ギィ・シャルルマーニュ」をグラスでいただく。至高のブラン・ドゥ・ブランである。デザートはチョコレートムースとココアのアイスクリーム。
泡は酔う。気持ちを心地よく蕩けさせてくれる。もうメインあたりから、呂律がまわらなくなっている。が、それはそれでいいのである。幸福である。口福でもある。Sさま、ありがとう。本当に泡まみれの夜でした。
それはそれとして、今度新地に来たら、酔っ払ってしまわないよう薬師如来さまにお参りして行こう。