神戸三宮 鮨「栄美古」
ツマミと握りが交互に出される
なかなかシブい江戸前鮨。
好きよ、このお酒が進むスタイル。
長年タイミングが合わずフラれ続けた店である。やっと互いのスケジュールが合った。ご縁ですね、こういうの。
三宮駅と中山手通に挟まれたエリアは、震災以降、風景がすっかり様変わりした。昔のようにブラブラできる繁華街というよりは無国籍の歓楽街の様相を呈しており、もう十年ほど足が遠のいている。だが、さすがに20年も経つと、少しずつ昔の姿を取り戻しつつあるのはうれしいことである。北野坂に向かう道をまっすぐ上がっていき、ちょっと西に入って、山側に折れたところ。もう店構えからして、旨い鮨屋の雰囲気に満ち満ちている。
煤竹でできたシブい引き戸を引き、こんばんはとカウンターに座る。旨い鮨の匂いがする。うん、まずは正解。しかも三千盛があるではないか。日本酒のラインナップは、男山、三千盛、黒龍、萬寿、獺祭、八海山。ワインも充実している。カウンターにはかのケンゾーエステイトがつくるrindoも並んでいた。私は和食、とくに鮨のときには、時と場合によってはグラスシャンパンくらいはおつきあいで飲むことはあっても、ワインは絶対合わせない。生の魚に発酵させたブドウ酒はいくらなんでも合わないだろうと思っているからである。日本の魚や酢飯に合うのは日本酒に決まってる。誰がなんと言っても日本酒なのである。
であるので、当然三千盛である。まず出てきたのは、ふぐ。関西の鮨屋では冬は普通にふぐが出るということをしばらく忘れていた。ありがたや。ポン酢でいただく。コリコリの身。やっぱりふぐは冬の王者の三盆指に入るな・・と一人悦に入る。出足は上々である。続いては、平目の握り。うん、これもよくイカっている。小皿は、ハリイカに納豆醤油をかけたもの。なかなかのお味である。四角い物体は、アコウの煮こごり。すっと舌の上で溶けていく。小さな呑水に入っているのは、生穴子のタタキ。ううむ、これは初めて食べたぞ。馬鹿馬だ。赤貝のお造りも、申し分のないイカり具合。コリコリである。三千盛がどんどん空いていく。
次の平目のヅケはちょっと辛かった。そのせいかどうかは知らないけれど、ここで青のりの赤出しが出る。ナマコとこのわたは、酒飲みにはたまらないアテになる。ちびちびやるつもりが、三千盛をぐいぐい。こりゃ戦略だな。のどぐろの焼物は、こんがり焼かれた皮の下においしい脂がたっぷり隠れてる。握りは連子鯛。こちらはレンコと呼ばれる鯛の仲間。すっきりした旨味がある。小皿はカツオのたたきにタマネギをのせている。萩の小皿には平目の明太子和え。ここで茶碗蒸しが出され、中入りである。
小皿攻撃のアイダに握り。テンポよく美味しいものが少しずつ出されるスタイルは、通常の鮨屋のダンドリを楽しく裏切って次は何が来るのだろうかとわくわくさせてくれる。好きだな、このプレゼンテーション。さて、中入りの後はいよいよ握りだな。まずは中トロ。非常に美しく、ほとんど全身トロになりかけている中トロである。お次ぎは何の握りかなと思いきや、もう一品変化球。自家製カラスミである。このなめらか、かつ美しい切り口を見よ。中はしっとりと生の状態になっている。小さな手巻きは、根室の雲丹。海苔で包んでさっと巻いてくれる。赤いのは煮イカ。こんなの鮨屋で初めて食べた。ここでまたしても小皿攻撃。ふぐの白子を塩焼きにした一品。握りを食べて、小皿を堪能して、また握り。リズムは完全に店側に牛耳られている。うふふ、悪くない。このこんがりしたのは、なんとマグロの脳天のヅケ。旨いっ。旨いよ。そしてまた小皿。今度は煮ダコである。しっとり柔らかく、噛み締めるとほんのりまだ磯の香りがする。
コハダでちょっとさっぱりした後は、煮ハマグリ。甘めの煮切りがハマグリの柔らかさに、やさしく寄り添う。ああ、旨い。にんまりしていると、またしてもおつゆ。今度は大貝のスープである。ここからは握りの連打。穴子。柔らかく煮た後、香ばしい焦げ目をつけた一級品。ああ、もう一貫おかわりしたいが、我慢して次を待っていると、この美しい色はマグロのつら身だという。ほっぺのあたりのいちばん美味しいところ。そして酢できゅっと〆た平目。ラストは、ヨコワの腹身。もう、脂が乗りまくっていて、ほとんどトロと変わらない。デザートに玉子をいただいて、めくるめく鮨コースが終わった。
ネタにひと味工夫を加え、飽きさせることなく食べさせる。たとえば、平目はシンプルな握りだけでなく、ヅケに明太子和え、酢〆と四回登場。マグロも中トロ、脳天のヅケ、つら身と部位の違うのが三種類。アイダに小皿や違うネタをうまくはさんでいるので、同じものを食べているという感じはしないし、この構成を職人芸のように見せかける域に持っていっているのが上手い。こういう流れもあるのだなと頷ける非常に楽しい時間であった。
また、タイミングが合いますように。