千夜千食

第196夜   2015年3月吉日

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大阪西天満「老松 喜多川」

知らないだけで和食の名店は
きっと大阪にはたくさんあるのだろうなと思う。
ここも、そのひとつである。

 クライアント様と大まかに言えば同業他社様との懇親会というか交流会である。K様主催の大宴会、いや、食事会である。メンバーは4名。

 夜の街でメジャーな大阪北新地から御堂筋を挟んで東側に老松町というエリアがある。古くは天満宮の参道として栄え、今は東洋陶磁美術館が近いせいか古美術店や画廊、ギャラリーが集まったエリアとして異彩を放っている。近くに裁判所があるので弁護士事務所や司法書士事務所も多く、筋向こうの北新地とはずいぶん趣が違っている。会社から自転車でふらりと行くにはちょうどよい距離なので、昔は東洋陶磁美術館に行った後、骨董屋を冷やかしたりしたものだが、ここ十年くらいは足が遠のいてしまっている。

 もともと老松神社というのがあったらしく、ご祭神は住吉大神と神功皇后であられる。現在は天満宮の境内に遷座されているが、かの神功皇后が九州より帰航の折り、巨松に風波の難を避けられ無事上陸されたことを寿ぎ、松の下に社を建てられたのがご由緒である。老松は住吉大御神が影向する松とも伝えられてい、なんとも壮大かつロマンに満ちた名前なのである。が、ここも例にもれず、旧地名を剥奪され、現在の地図上ではただの西天満になっている。

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 めざす店はその老松町の裁判所のすぐ近くにある。店名は「老松喜多川」。それだけでも老松という名前を大事にしていることがよくわかるし、入り口も神経が行き届いた佇まいである。

 個室もあるようだが本日はカウンター。カウンターの奥や壁面にはさりげなく焼物や陶板が飾られてい、うつわが好きなんだなということもすぐわかる。どんなに腕がよくても、うつわに興味がない料理人を私はあまり信用しないので、これはもういやがおうでも期待は高まっていく。

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 普段あまり日本酒を飲まないというK様が日本酒をおつきあいしてくれるというので、まずは特別純米の東北泉。どんな料理の邪魔もしないという柔らかな味わい。すうっと喉を流れていく。先付けはイイダコと赤貝、小柱のジュレがけ。このうつわが渋い。続いては白魚の天ぷら。海苔で巻き、カラリと揚げられている。早々に出されたお椀も妙なる美味。貝柱のしんじょと菜の花。すでに東北泉は空いて、お次ぎは貴。山口宇部の酒。杜氏名が大きく書かれている。永山貴博の「貴」の字をとったのだな。なるほど。旨酒である。

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大胆な染付には平目。塩でも醤油でもどちらもいけるので交互にいただく。この向付と小皿の取り合わせ、私の好きなセンスである。こういうのにはめっぽう弱いのだ。お造りは第二弾もあって金目鯛をあぶったものに雲丹を乗せている。こちらも菱型のほのかに枇杷の色をした菱型のうつわに入ってくる。これも好き。なもんでまた日本酒が空いて、お次ぎは王禄。超と右上にあるように、格別の純米酒である。東出雲ですねて無濾過の生酒。限定生産しているのでなかなか出まわらないというのだが、本当に日本酒は奥が深いと思う。そして、どんな造り手のどんな酒を選ぶかは、和食の店にとってはうつわ選びと同じくらい大事なことだと思う。

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 お造りはなんと第三弾まであった。この乾山写しの器に盛られているのはかつお。また日本酒が空いて、今度は伏見の澤屋まつもと。これはこだわりの鮨屋や和食でちょくちょく見受ける酒だが、なかなか旨いのである。そしてこれも乾山写しの丸皿に蟹の身をほぐした一品。会話と料理が上々なので、酒の進むこと。またたくまに空いて、お次ぎは小鳥のさえずり。純米吟醸。これも、落ち着きとふくらみを感じる酒である。九谷の色あざやかな色絵には、かますの焼き物。これに田酒(でんしゅ)というのを合わせる。特別純米、山廃仕込。上品な芳香は酒本来の魅力に満ちている。もうこのへんから、何がなんだかわからなくなってきているのだが、なにしろ、日本酒6種類。たぶん、四合くらいは飲んでいる。呂律も怪しくなっている。が、料理はまだまだ続く。

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 山菜の入ったあたたかな煮物椀。さすがにもう日本酒ははいらない。そうこうしているとごはんが炊きあがったという。見せてもらうと土鍋いっぱいに鯛がぎっしり。これは、どんなに満腹であっても別腹であろう。〆に少しだけいただく。デザートもシブい織部に入ってやってきた。抹茶のアイスクリームと苺。ご馳走様でした。

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 基本に忠実な全体構成の中で、奇をてらわずあくまでも正統派の料理をしっかりと作っている。見た目も味も井井として端正。料理とうつわのマッチングも私好みである。とてもよい店だと思う。たぶん連日、老松町界隈の法曹界の面々で埋まっているのだろうな。来るときは早めに予約しなくては。