千夜千食

第199夜   2015年3月吉日

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伊勢丹にある「銀座 天一」

ファッションヴィクティムのためのデパート、
伊勢丹でぶらぶらしていたら急激にお腹がすいてきた・・
喫煙所のヨコに天ぷら屋さんを発見してしまい・・・入る。

 伊勢丹が悪魔のデパートであることは先刻承知である。わかってはいるがここの品揃えやプレゼンテーションのしかたは大いに勉強になる。いつもリサーチを兼ねてという大義名分を持ちつつ行くのだが、ゴージャスな雰囲気にいつも舞い上がってしまう。そして、つい衝動買いしてしまったりするのであるが、やはりここはそういうファッションヴィクティムを出してなんぼのデパートであろう。とくに充実しているのは、シューズ売場で、早くからニューヨークのバーグドルフ・グッドマンやサックス・フィフス・アヴェニューにならい、ブランドを超えた靴売り場を展開している。あまり公言していないが、実は無類の靴好き、靴フェチである。真っ赤なシャルル・ジョルダンをただ所有しておくためだけに買ったこともあるし、ニューヨークで爆発し靴だけで十足以上買って帰ったこともある。気に入ったデザインの色違いを買うなどすっかりあたりまえの行為になっている。そうでなくとも、履きやすく美しい靴を発見したときは、履く前からこれを履きつぶしてしまったときにどれだけ困るだろうかとうと妙にあせってしまい、同じものを二足買うことだってあるくらいである。

 この日も靴売り場をうろうろした後、大好きな三階で春物を執拗に物色した。ここのリ・スタイルという売場の編集はエッジが効いてて面白いものがそろっているし、ちょうどアディダスとハイクとのコラボの世界先行販売などもやっていたので、つい試着したりしながら遊んでしまったのである。そのうえ、普段あまり行かない呉服売場まで上がったので相当くたびれてしまい、無性にお腹が空いてきた。ううむ、どうしよう。7階をうろうろしていたら、なんと喫煙スペースがあるのを発見した。立派なオープンエアになっていて、すこぶる爽快である。気持よく喫煙しながら、さて夕飯はどうしようと思案していたら、目の前に天ぷら屋があるではないか。

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 東京に頻繁に出張するようになった頃、江戸前の天ぷらは憧れであった。大昔神戸北野にお可川という天ぷらの店があり、当時のこととて滅多には行けなかったが、たいそう風情のある古いお屋敷で、天ぷらを揚げるカウンターからは神戸の夜景が見渡せた。デザートはわざわざ洋風の応接間に移動しいただく。天ぷらの旨さもさることながら、場を替えるというとくべつなシチュエーションにドキドキしたものである。ところが、あるとき店は忽然と消え、以来関西ではほとんど天ぷらを食べに行く機会がなくなってしまった。東京では、山の上ホテルの天ぷらや、天松、みかわ、名人の是山居、からさわなどにも行ったが、どうも鮨ほど気軽には行けない気分がある。が、ここはデパートの中。銀座の老舗らしいが、カウンターが空いていたので、すぐさま席につく。

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 さてと。日本酒の冷たいのをいただきながら、天ぷらを待つ。まずは海老である。天ぷらを食べるようになって知ったのだが、江戸前ではこの小さめの車海老のことを才巻海老と呼ぶ。昔から江戸前のものが最上とされ、10センチ以下くらいの大きさの方が身が柔らかく旨いとされてきたのだそうだ。大きけりゃあよいというものでもないところが、なんとなく江戸っ子らしい感覚である(と思う)。カラッと揚げられた海老は、中がほんのり透明で半生の状態である。揚げの技術だよなと感心しつつ、かぶりつく。お次はきす。これは天つゆをたっぷりつけて。ぷっくりと肥えたしいたけは、海老のすり身を内側に抱えている。半分は塩レモンで、残り半分は天つゆで。次なる一品は、蟹である。え?と驚くほど立派な毛蟹である。こちらも塩と天つゆ両方で楽しむ。

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 アスパラガスもさくさく。天ぷらを食べるたびに思うのだが、天ぷらにするとどうしてこんなに野菜をおいしく感じるのだろう。この長細く黒いのは、雲丹を海苔で巻いたもの。うふふ。茄子もさっくりみずみずしい。小さな魚は鮎である。鮎の天ぷら、たまらんなあ。酒が進む。季節は春であるので、こごみも揚げられる。爽やかな苦味。春の息吹。山菜など普段好んで食べないのに、天ぷらだといくらでも食べられそうな気分になってくる。スパっと半分に切られた帆立は、うっすらと中が生である。青唐でいったん気持ちも舌も落ち着かせて。

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 いよいよ穴子である。ああ、たまらん。鮨のときだって、どんなにおなかパンパンでも穴子だけは食べるのである。天ぷらでも当然である。これを食べないことには、天ぷらを食べたことにはならないのである。穴子の後は、めごち、イカ。海鮮ものオンパレードでフィナーレを迎える。多店舗展開しているこのクラスの老舗であれば、どこで食べてもネタのクオリティは安定しているだろう。後は揚げる技術であるが、天ぷらの場合は揚げたてをすぐ食べられるので何の問題もない。

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 最後の食事は、天丼か天茶を選ぶ。迷わず、天茶。昔の関西では天茶になじみが薄く、長い間一度お江戸で食べてみたいと思っていた恋焦がれている一品である。だから何が何でも天茶を食べる。笑。小柱のかき揚げをごはんの上に乗せ、お茶(店によっては出汁)をかけ、さらさらといただく。小柱も関西ではあまりなじみのないネタである。最近でこそ使う店も増えているが、これも当初は珍しかった。

 そして圧倒的に江戸前と関西の天ぷらが違うのは、油である。関西では、綿実油を使うのが一般的だが、江戸前はごま油を使う。これが大きな違いで、慣れない最初こそ重く感じたものだが、今ではカラッと揚がった中に感じる香ばしさが逆に心地よい。久々の江戸前天ぷら。たまには良いな。