千夜千食

第202夜   2015年3月吉日

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大阪天満宮「彩肴鮮々」

会社の近所にもけっこういろいろ楽しい店がある。
一号線の南側ってあまりなじみがなかったが
魚と日本酒の旨いこんな店なら、しょっちゅう行きたい。

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 丹ちゃんが、食事に誘ってくれた。うれしいなあ。

 丹ちゃんは、元同僚で今はデザイン会社をやっている。
 丹ちゃんは、こいつはできると思った数少ないデザイナーである。
 丹ちゃんは、クライアントをはじめとする女性陣にかなり人気がある。
 丹ちゃんは、寡黙であるけれどその大きな目ですべてを語る。

 そんな丹ちゃんが、たまには飲みに行きましょうと誘ってくれたのである。場所も僕の行きつけの店でどうですかと言うではないか。10年ほど前、久しぶりに一緒に仕事をして、その夜東京で飲みに行った。そこで、私にすすめられるまま飲んだ日本酒に開眼したのである。以来、けっこうな日本酒党になっているらしい。

 さて、当日。丹ちゃんから電話がかかってきて、わかりにくいから、一号線渡ったところで待ってますという。その場所に向かっていると、赤信号の向こうに、通行人の邪魔にならぬよう控えめに丹ちゃんが佇んでいるのが見えた。いやん、なんだか、不倫の関係みたい。会社の近くで待ち合わせるなんてドキドキするわん・・・てなことを妄想しながら、丹ちゃんに店まで連れてってもらう。

 彩肴鮮々。あら、鯛やヒラメの舞い踊る感じ。いかにも美味しそうだわ。彩肴と書いてさいじと読む。彩りたっぷりの肴ってことかな。その後の鮮々というのがよいではないか。秀逸なネーミングである。丹ちゃん、ここシブいやん。

 そしてメニューを見た瞬間に改めて確信する。刺身だけでも凄いのだ。五島の九絵。富山のホタルイカ、徳島の黒鮑、知多のたいらぎ、坂越のセルガキ、尾鷲の鯖きずし・・・。どうです、このラインナップ。煮魚、焼き魚の部には、九絵はもちろんであるが、淡路のオコゼ、兵庫の黒メバル・・・。大好物だらけである。しかも、日本酒は黒龍がある。超・好みの店である。丹ちゃん、ここまじええやん。

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 まずは九絵を注文する。どうです、この端正かつ優美な姿。薄造りに、芽ネギをくるりんと巻いてポン酢で食べる。うん、たまらんな。フグ、九絵、アラの御三家の中でも、九絵はめったに食べられない(アラも去年の冬、博多で初めて食したが・・・)。そんなに海の中にうじゃうじゃいる魚でもなさそうだし、獲れても高級店や専門店にまず行くのだろうな。(10年ほど前、九絵専門店に連れてってもらったとき、その美味しさに感動したけれど、そうしょっちゅう出会える魚ではない)黒龍の吟醸垂れ口と合わせる。垂れ口とは、搾った酒がちょろちょろと垂れるその口のことである。たいらぎも追加で頼む。いい感じのコリコリ具合。貝柱はダンゼンたいらぎが好きである。正式には平貝(タイラガイ)というらしいが、関西ではたいらぎと呼ぶ。帆立よりずっと旨い。

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 黒龍の後は、上喜元の純米吟醸。まっこと、上機嫌になるわ。この旨そうなのは、焼きたけのこである。醤油をつけ焦がさず上手に焼いている。ほくほくかつ、シャキシャキだ。醤油の香ばしさといったらどうだろう。この間、丹ちゃんとは「美味しい」くらいしか会話を交わしていないのだが、そこは古いつきあい、多くを語らずともちゃんと意思は通じている。そのうえ、今日は僕がおごりますから、などとうれしいことを言ってくれるではないか。

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 よおし、じゃんじゃん注文しようっと。と、メニューを見ていると、フグ白子入りの茶碗蒸しを発見してしまう。白子は白子でもフグを使うというのが贅沢であるな。丹ちゃん、これ頼んでいいと聞けば、目でうんと言う。ついでに、オコゼの唐揚げと季節の魚とタラの芽の天ぷらもオーダーする。オコゼって、やっぱり唐揚げよね。骨まで全部バリバリと平らげる。日本酒は、純米大吟醸の三十六人衆。山形の華やかな酒である。天ぷらは、刺身でもいけそうなホタルイカを惜しげもなく使っており、店主の心意気に感動する。どの品も間違いのない美味しさで、文字通り彩魚鮮々であった。

 丹ちゃんは、わりとここで飲むことが多いのだそうだ。いい店である。大人になったな。

 この後、仕事仲間と別の店で合流したのだが、あいかわらず丹ちゃんはほとんどしゃべらなかった。後日クライアントの女性が、丹ちゃんとはひと言もしゃべっていないのに、すごくたくさん話したような不思議な気がしますと言ってきた。そう、そうなんだ。丹ちゃんって、そういう傍にいてくれるだけで心なごませてくれる稀有な人なんだ。丹ちゃん、今度は私のおごりでまた行こうね。