千夜千食

第221夜   2015年5月吉日

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台北「頂上魚翅燕窩」

すくっても、すくっても、フカヒレがそこにある。
スープの具はフカヒレだけなのだ。恐るべきフカヒレ攻撃。
いやあ、もう一生分食べた気分である。頂上、重畳。

 九份の夜景を堪能し、そろそろ帰ろうかとバス停に向かうと雨がぱらぱら降ってきた。バス停の前には長蛇の列。いや、大蛇の列である。とてもじゃないけど一、二台くらいのバスじゃあ全員が乗れそうにない。台北まで立ったままのぎゅうぎゅう詰めなんて想像するだけでも目眩がしそう。なのでタクシーを探す。雨が降っているので争奪戦である。何台もに断られるが、そこは年の功で食い下がり値段交渉をする。瑞芳まで500元と言う。高い。じゃあ台北へは?と聞けば1000元で行くと言う。台北から瑞芳まで台鐡で小一時間もかかっているから、1000元という価格設定は妙にリーズナブルに感じる。もともと相場もわからないし、雨はどんどん本降りになってくる。日本円にすれば4000円少しである。よし、乗る。金はこんなときにこそ使うのだ。

 漢字表記にしたホテルの名をポストイットに書き、運転手に見せる。頷いた運転手は恐ろしい勢いでタクシーを走らせ、瞬く間に高速に乗り、猛スピードで台北を目指す。いやん、怖い。しかし、それを中国語で伝えられないのがもどかしい・・・。が、そのおかげで30分ほどでホテルに着いた。

 まだ8時過ぎである。九份でお茶を飲み、名物スイーツ芋圓もちゃっかり食べているので、さほど空腹ではないが、初台湾の夜である。ガイドブックをぱらぱらめくっているとフカヒレ専門店に目が止まった。フカヒレでは台湾随一の店とある。しかも頂上という名前だ。ううむ。別にフカヒレそんなに好きじゃないけど、なんだか面白そうではないか。電話してみると一人でもOKというので、速攻タクシーに乗った。頂上作戦、開始である。

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 その店がそうであることは遠くからもわかった。なにしろ、燦然と輝いているのである。店の名は正式には頂上魚翅燕窩専売店という。英語ではゴールデントップ・レストランである。ゴールデントップというある意味ストレートかつファンキーなネーミングを選択した感覚がベタで良いではないか。しかもスーパーのようなガタイの良い男性が外で睨みを利かせている。一人で入店しようとすると訝しげに誰何されたが、予約していると告げると途端に満面の笑みになる。

 何組かの客はいるにはいるが、けっこう店内はガラガラである。夕食の時間としては少し遅めなのだろうが、少し不安になる。インテリアも、ちょっと悪趣味なファミリーレストランのようである。本当にここで台湾ナンバーワンのフカヒレが食べられるんだろうか。大丈夫か?

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 メニューを見るとフカヒレの(單)というのがある。想像するにこれは一人前であろう。3950元。タクシーで九份まで二往復できる。しかし、せっかく来たのであるから、名物を食べないわけにはいかないだろう。酒は全てボトルらしいので、台湾ビールをまずは注文。「台湾啤酒」という銘柄は、すっきりと軽く、亜熱帯の台湾にはふさわしいと思える清涼さである。九份から忙しなく帰ってきた身体にすーっと染み渡る。そういえば沖縄で飲んだオリオンビールも爽やかで旨かった。暑いところで作るビールは、やはりその土地にふさわしい味わいになる。

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 ビールでリフレッシュした後、頂上フカヒレの(單)、それに頂上チャーハンを注文する。待っているあいだ、店内を観察していると少し様子がおかしいのに気づいた。妙にざわざわしているし、何やら従業員がわらわらと客席に出てくるのである。そのうち、思い思いの客席に座って食事(賄い飯)を始めたのである。さすがにこれにはびっくりする。ここって、高級店じゃないの?普通、厨房とか見えないところで食べるんじゃないの?唖然としている間にも、彼らは悠然と食べている。凄いな。マネージャーとか支配人クラスも混じってるんだろうか。さすがは、ゴールデントップ。

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 そうこうしているうちに、直径25センチほどの土鍋がやってきた。頂上フカヒレ(單)である。フカヒレの姿は見えず、まるで別府温泉の坊主地獄のようにぐつぐつ煮えている。香菜をぱらりとかけてレンゲですくうと、鍋の中はフカヒレだらけである。しかも、ヒレの姿のまま入っている。これ、姿煮ではないか!ふうふうしながらまずはひと口熱いのを行ってみる。ううむ、フカヒレの塊を、歯でコリコリさせながら噛んでみる。ヒレの一本一本がしっかり立っていて、プチプチ弾ける感触。それがしっかり出汁の効いたとろみのあるスープに絡んで、馬鹿馬である。だいたいレンゲひとすくいに通常日本で食べるフカヒレスープの三倍くらいフカヒレが入っている。いやあ、これは値打ちがあるわ。汗をかきながら、フカヒレをふうふうすくい、ときどきビールで舌を冷まし、またフカヒレ。

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 すくっても、すくっても、フカヒレ。
 これでもか、これでもかと、フカヒレ。
 フカヒレ、マトリョーシカ状態である。

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 頂上チャーハンもやってきた。米粒はねっとりして、ほとんどおこわ状態である。大きなシイタケがでんと乗っており、細かく刻んだ貝柱(だと思う)の繊維が混じっている。これもしっかりシイタケや貝柱の出汁がきいており、すこぶるうまいのである。フカヒレスープを飲んで、チャーハンをひと口、またフカヒレスープ。そして、はた、と気づく。チャーハンにフカヒレスープをかけると旨いのではないか。そう。さすがにすくっても、すくってもフカヒレ攻撃にこちらの戦意が萎えかけ始めた頃である。むっちりおこわ状態のチャーハンに、フカヒレスープをかけ、口に入れた瞬間に、フカヒレの新次元な美味しさが生まれた。いやん、フカヒレスープも、チャーハンも、こんなの一人じゃ絶対無理と思ったのに、もういくらでも食べられるじゃないのん。

 もう、野戦状態である。チャーハンをよそっては、じゃぶじゃぶスープをかける。ガツガツ、食らう。あの高級食材を、飯場めしのようにたらふく食べるなんともファンキーな状況。ええやん、こういうの。眠っていた野生が目覚める。獰猛になる。最後の最後の一滴まできれいに飲み干し、大量と思えたチャーハンもひと粒も残さず、完食した。いやあ、期待以上であった。一生分のフカヒレを食べたという感じがする。もう10年くらいフカヒレ、食べなくったっていいや。

 頂上作戦、コンプリート。重畳至極。