千夜千食

第224夜   2015年5月吉日

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台北・故宮博物院「故宮晶華」

なんと、あの名宝「翠玉白菜」が食べられると聞いた。
豚の角煮を模した「肉形石」まであるという。
故宮に行ったら、せっかくだからここへも足を伸ばしたい。

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 台北の故宮博物院へ行くのは長年の悲願であった。いや、台湾に長らく興味がなかったのだから、悲願といえば嘘になる。かれこれ20年ほど前に初めて北京に行ったのは、映画「ラストエンペラー」を観て、舞台となった紫禁城を実際にこの目で見たくなったからである。その紫禁城の中にある故宮博物院のスケールにはびっくりしたのであるが、中国通に言わせると台湾にある故宮博物院の方が質量ともに圧倒的に良いという。しかし、台湾にさほど興味もなかったから、いつか行けるといいな程度に思っていた。

 台湾に行くことが決まり、当然故宮博物院のことを思い出す。蒋介石が持ち出したというお宝をこの眼で観なくては。ランチで牛肉麺(第222夜)を食べ、デザートにマンゴーかき氷(第223夜)を食べた後は、一路故宮へ。

 北京の故宮博物院は紫禁城の中にあり、紫禁城そのものを見学しつつ、ついでに美術品も鑑賞するという設えになっているが(私が行ったときは展示状態が良いとは言えなかった)、台北の方はちゃんとした立派な美術館としてその体をなしている。こちらでの人気ナンバーワンは、「白菜」と「角煮」である。とにかく、それらを展示している一角だけが異常な混みようである。日本人のおばちゃん団体などは、「白菜」さえ観たら後はもういいとさえ言っているのが聞こえる。

 そんなにみんな「白菜」が観たいのか。

 いや、そんなにみんな観たいのなら、私も観るだけは観てみよう。とはいえ、実際の「白菜」ってかなり小さく、黒山の人だかりをかき分けてはみたものの、そんなにじっくりは観られない。それより、玉や象牙、翡翠などに超絶技巧を施した工芸品の凄いこと。根津か白鶴でしか観たことのない青銅器は、さすがに本場ものは圧巻で見事としか言いようがない。焼き物も、隋から清までそれぞれの時代の名品が揃っており、乾隆帝時代のもののツーマッチ具合に「あっぱれ」と叫びそうになる。

 ここは、歴代中国王朝の美への執念のようなものに圧倒される空間である。作った人、作らせた人も凄いが、こんなものを5万箱も大陸から運ばせた人の執着をも感じる尋常ならぬコレクションである。

 その尋常ならざる背景を意識するからなのか、半日近くいると妙に疲れるのである。いや、どこでも美術館に半日もいると疲れるのかもしれないが、なんだか美疲れというのか、中国美術の過剰な装飾や濃密さにことのほか酔うのである。

 ならば、それを丸ごと食らいに行くか。

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 そう、「白菜」と「角煮」を食べに行くのである。敷地内の「故宮晶華」というレストランでそれらは供される。そろそろ夕刻である。レストラン入り口では、提灯で誘導してくれる。粋なはからいである。英語名は、シルク・プレイス・アット・ナショナル・パレス・ニュージアムだ。ニューヨークにあってもおかしくないようなモダンな建築である。

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 席に案内され、メニューを開くと、ちゃんと英語と日本語に対応している。大変によろしい。目当ての白菜は、故宮國賓経典~国立故宮博物院クラシック~と銘打って、威風堂々「翠玉白菜」とある。隣には、肉形石もある。まずは、このふたつを注文し、それだけではいささか淋しいので、ホタテとブロッコリーの炒め物も頼む。

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 やがて、うやうやしく運ばれてきた白菜は、メニューの写真の通り、故宮の至宝「翠玉白菜」を模した一品である。まあ、最初から分かっていたが、笑ってしまう。本家に忠実に白菜を巻いて作っているその遊び心と、それを分かってあえて注文しているこちらの酔狂との、なんというか妙な馴れ合いというか、分かっちゃいるけどやめられない的なお約束というか・・・。料理そのものの正体は、ただの白菜のスープ煮ホタテ風味である。まあ、格別に美味しいわけではない。悪くはないが。

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 続いての肉形石も、まあただの豚の角煮である。肉形石そっくりといえばそっくりではあるが、それがどないしたん?というものである。まあ、故宮初心者で、多少なりともいちびりであれば、こういう注文をしてしまうのだろう。我ながら良いカモである。

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 まあそれでも、ビールを一杯飲んで、故宮の至宝ふたつを食らい、ホタテとブロッコリーの炒め物を平らげ、レストランを後にした。

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 幻想的にライトアップされている夜の故宮を眺めていたら、またあの濃密さを思い出し、そんなに飲んでいないはずなのに本当にくらくらしてきた。