千夜千食

第229夜   2015年5月吉日

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日月潭「涵碧樓の夕食」

台湾のど真ん中に蒋介石の別荘だったホテルがあるという。
日月潭にあるアマン系ホテル、涵碧樓・ザ・ラルー。
さて、こちらのチャイニーズはどんなもんなんだろうね。

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 アマン。

 その魅惑の響きは、いまも色褪せてはいない。恋い焦がれ、大昔一度だけアマンに滞在したことがある。当時、頻繁にニューヨークを旅していたのでマイレージがかなりたまっており、ファーストクラスに乗ってバンコックへ行けることがわかったのである。無料とはいえ、ファーストクラスに乗っての旅なので、ホテルは奮発してバンコクはオリエンタル、プーケットはアマンプリを予約した。アマンプリはいちばん最初にできたアマンリゾートで、すべてのアマンのベーシック。当時は、一部屋につき4人ほどのスタッフが専属で面倒を見てくれるという噂があり、ヴィラ風のコテージから電話をすれば、床下に潜んでいたのではないかと疑うほど瞬時にスタッフが現れると言われていた。(さすがにそれはなかった。床下には誰もいなかった・笑)

 そのアマン系列と聞けば、これはもう否が応でも期待は高まる。
 
 台湾新幹線、高鐵の台中駅に降り立つと、ザ・ラルーと車体に書かれたシャトルバスが迎えに来ている。これは事前に送迎(有料)を頼んでおくのだが、台中から日月潭まではかなり距離があり、車で約一時間半ほどかかる。台湾の中部から南部にかけて島の中央には標高の高い山々が連なる山脈が走り、最高峰は言わずと知れた新高山である。正式には玉山というのだが、これは3952メートルで富士山より高い。だから新高山とその名を(明治天皇より)賜ったのだろうけど、日月潭はこの山脈の真ん中あたりに位置する台灣一美しいと言われる湖である。何と言っても名前がいい。丸い日潭と三日月形の月潭が合わさって日月潭。この地を訪れた清朝の将軍が、湖面に浮かぶ島を眺めつつ「北側は日輪の如し、南側は月輪の如し」と語ったことからつけられたという。

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 シャトルバスはいつのまにか山中に分け入り、あたりには濃密な霧というか霞のようなものが漂っている。そういえばこのへんは高級茶葉の産地でもある。高地で朝晩の寒暖差があって、この霧のような霞のような天候はきっとよい茶葉を育てるのには適しているのだろうと思っているうちに、急にあたりが観光地然としてきた。いよいよ日月潭である。賑やかな通りから少し外れた坂を登り切ったところが涵碧樓・ザ・ラルーだ。端正かつモダンな木組みが印象的なエントランス。うん、これは期待できそうだ。

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 ロビーでくつろがせてくれながら、チェックインするというスタイル。お大尽になった気分である。目の前は日月潭。さらに部屋に通され歓声をあげる。左に寝室、右がリビングのスイートで、広々としたテラスももちろん日月潭に面している。インテリアのテイストもシックなモダンテイストで、ギラギラしてなくほどよく落ち着いているのがいい。早速旅装をとき、館内を探索する。図書館を兼ねたラウンジには、日本の作家の本も何冊か置いてある。一階にはプールと、お茶を飲みながらくつろげる東屋のようなティールームがある。プールは向こう側が湖に落ちていくように設計されているアマンおなじみのあのスタイルである。小雨がちらついているので、プールサイドには誰もいない。こういうときは、部屋のテラスでゆっくりくつろぎながら本を読むに限る。

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 ゆっくり流れる時間。ときおり湖面を眺めつつ、また本の世界に入る。そうこうしているうちに、少しずつ夕刻の気配があたりを包み込み、湖に墨絵のような影を落とし始めた。

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 食事の前に少しだけ近隣を散歩してみた。蒋介石の別荘だった建物は涵碧樓といい、ホテルのすぐ隣の敷地に保存されている。元々は日本統治時代に日本人が建てたもので、今は記念館のような施設になっている。裏手に回ると蒋介石の散歩道だったという遊歩道もあるのだが、残念なことに閉鎖されていた。ぶらりと一周して、食事に向かう。

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 こちらのチャイニーズレストランの名前は湖光軒という。夕食は宿泊とセットになったプランなので、おまかせである。テーブルに案内され、すでに置かれているメニューに目を通す。酒のリストがかなり充実しているのだが、そのほとんどがボトルである。中華なので紹興酒を飲みたいのだが、600mlのボトルしかない。ううむ、ワインならなんとかなりそうだけど、と悩むが、まあ飲めるだろう。十年ものの紹興酒、ラルーのロゴが入った立派なオリジナルボトルである。これをちびちび飲りながら、まずは湖光迎賓風味盤、オードブルである。ねっとり濃厚そうなからすみの切り口にクラクラするが、ま、後はくらげの酢の物などでとりたててスペシャルなものがあるわけではない。上湯清炒鮮干貝は貝柱の炒め物。これはたいそう美味で、大好きなイクラも添えられていたので、うはうはと平らげる。涵碧郷蘇小排骨はスペアリブの煮込みである。紹興酒がぐいぐい進む。ただ、下に敷かれているそうめんはいただけなかったな。ま、そうめんとビーフンのハーフのような細麺ではあったが。蒜茸金瓜蒸龍蝦はにんにくとかぼちゃ、伊勢海老の蒸し物。といっても食材のメインは立派な伊勢海老である。養身四賓鳥雛は烏骨鶏と黒にんにくのスープだ。醤油ベースのこっくりした深い味わい。烏骨鶏はとろとろに煮こまれてい、旨いのでスープと紹興酒を交互に飲むという暴挙に出る。うふふ。瑤柱鮮採田園蕗は貝柱と野菜であるが、まず丸々と肥えたしいたけと青菜を煮たもの、そして貝柱や海老などの海鮮と野菜を炒めたものが別々に出された。ぷるぷるした白いのはこんにゃく状のもので、素材を問い質すのを忘れてしまった。最後はそしてフルーツの盛り合わせとデザートである。満腹ではあるが、あまり中華を堪能したという気にはならない。盛り付けなどはフレンチのようであり、上品で、味付けもあっさりしていたせいだろうか。いや、けっして悪くはないのである。むしろ、ラルーという桃源郷のようなロケーションに滞在することをトータルで考えれば、夕食も含めてこれはこれでひとつの洗練されたスタイルなのであろう。

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 時間が許せば、日月潭をクルーズしたかったのだが、夕景も早朝の幻想的な風景もラルーのテラスから堪能した。今度は、せめて二泊はして、ゆっくり滞在したいものである。