千夜千食

第230夜   2015年5月吉日

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台中フレンチ「Le Moût」

美貌のシェフがつくるフレンチのためだけに台中へ行く。
いや、正確に言うと日月潭の帰りに寄ったんだけど、
台中にこんなグランメゾンがあるなんて、ちょっと驚き。

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 「世界のベストレストラン50」というのがある。毎年、ジャーナリストや食の批評家、シェフなどその道の専門家たちが美味しいと思うレストランを選び出すランキングで、かなり信頼度が高いものであるらしい。第137夜で訪れた大阪新地のカハラも2013年度の「アジアのベストレストラン50」にランクインしたと聞き、ちょうど台湾に行くので現地でランクインしている店はないかと調べていたら、一軒だけあった。それがここ「Le Moût」である。美貌の女性シェフがやっている。ぞくぞくするな。早速、メールで予約すると、迅速に返事が返ってきた。OKであるという。

 日月潭で一泊して次の日台中まで送ってもらい、夕刻フレンチをいただいて遅めの新幹線で台北まで帰る。うむ、完璧なスケジュールである。昼間は、台中観光で時間をつぶせばいいし。

 まずは、孔子廟や金ぴかの布袋さんがいる寶覺禅寺などを巡り、その後、Le Moutのあるエリアまで移動する。国立台湾美術館というのがあったのでここを見学しつつ時間をつぶすことにしたのだが、なかなかどうしてすごい規模の美術館である。文字を組み合わせる映像インスタレーションに見入り、自分の似顔絵なんぞをその場で描いて貼るコーナーでしばし遊んだ。美術館の正面には美術園道というアートパークウェイがあり、散策しながら彫刻などのアートに触れられる。どうやら、台中はアートのレベルの高い街であるらしく、伊東豊雄や安藤忠雄の設計した歌劇院や美術館もあると聞いた。

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 そろそろ予約した時間が近づいてきたので、住所を頼りに店を探すのだが、ここは台中の路地。どこを探しても洒落たフレンチがあるようなエリアはない。道を行きつ戻りつ、何度か現地の人に尋ねつつ歩いているとマンションが立ち並ぶ一角があった。その角に白っぽいモダンな建物が見える。あそこだ。間違いない。

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 案内を請うて一歩足を踏み入れると、そこはまるで別世界であった。隅から隅までずずいと立派なグランメゾン。給仕してくれる男の子も綺麗な英語を話す(私よりずっと上手い)。まずは、グラスでシャンパンをいただいて、じっくりとメニューを眺める。ひときわ興味深いコースを発見した。なんと、日本酒の黒龍とのコラボレーションコースである。時令賞味(Seasonal Taste)×日本黒龍酒造。なんで黒龍が、と聞けば、黒龍の社長さんがここをお気に入りで、その縁ですべての料理に黒龍の酒を合わせるというペアリングが実現したそうだ。黒龍は好きな酒である。値段は少々張るが、こういうのも出会いである。

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 まずは下酒菜であるアペリティフ。小さなコロッケ状のものと、レンゲでサーブされるタルトのようなもの。口に入れた瞬間、濃厚にとろけ、たったひと口でノックアウトされる。バターもシンプルなのとハーブやガーリックは入ったものがサーブされる。お待ちかねのひと皿めはスイートシュリンプ。海老をテリーヌ状にしたものに気前よくキャビアが乗っている。そこに、ビスクソースをたっぷりと注ぐ。ペアリングは、特選吟醸の黒龍。いやさ、まったりした海老とキャビアの競演に、黒龍のしっかりした吟醸香がからんで、こりゃああきまへんな。至福のひと皿である。続いては、雲丹のタルト。アンズダケというキノコやアンゼリカというフキがその下に潜んでいる。手前は貝柱である。これには、お燗した本醸造を合わせるとあったが、冷やにしてもらう。冷やは枡に入れられサーブされる。いいねえ、この景色。フレンチのお皿の向こう側に、枡が置いてあるなんて。食の異業種交流。お次はハリバットのコンフィ。ハリバットとはオヒョウである。が、中国語では比目魚と書いてあるので、ヒラメかもしれない。これに、イクラをトッピングした泡ソースがかけられ、人参のピュレも添えられている。すっと軽く、しかし後にはかすかな濃厚さが舌に残る。絶妙な塩加減というか、いや、これは泡ソースに秘密がありそうだ。黒龍大吟醸をペアリングする。白ワインよりもしかすると白身魚には日本酒よく合うかもしれないと思いつつ、グビグビ飲んでいると、給仕してくれている男の子がサービスでまた注いでくれる。うふ。

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 ブラックトリュフがたっぷりかかったひと皿は、ニョッキの上に鶏の胸肉が乗っている。どちらもコンソメで茹でられてい、するりと喉を通って行く。旨い。ヤムヤム。見るからに美味しそうなソースのかかった皿がやってきた。ここからは限定の大吟醸「龍」である。スプーンでソースの下をすくうと、中にはカラスミがまぶされアワビゴロゴロのリゾットが隠れている。驚きの連続のような皿の連打。唸る。そして、ほくそ笑む。すると、立派なトレイに乗せられたナイフコレクションがやってくる。メインのためのナイフを選ぶのである。粋なプレゼンテーションである。いちばん上のライヨールを選ぶ。メインは、極黒牛板腱・Wagyu Flat Iron。和牛はこんなところまでやってくるのだ。シシリアンピスタチオの緑のソースとオックステールと骨髄エキスがたっぷりのソース、両方で味わう極上ステーキ。上に乗っているのはビーツである。ライヨールがすっと心地よく肉に入っていく。

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 デザートには嵐山春桜という風雅な名がついている。ピンクのグラデーションが皿に舞う。カプチーノとプチフールをいただいて、夢のような時間は終わった。台中でいただくフレンチと日本酒のコラボレーション。台・仏・日の三国連盟である。料理のジャンルにとらわれるなんてつまらないじゃない。シェフのそんなメッセージが伝わってくるような独創ととびきりのセンスが生きたコースであった。

 台中に、「Le Moût」あり。いいよ、ここ。