大阪南森町「宮本」
5月に来るのは初めてである。嬉しい。
今月はどんな驚きが待っているのだろうとわくわくする。
この店は、五感でおもいっきり楽しみたい場所だから、ね。
ああ、よかった。5月はかぶっていない。初めてである。いや、別に月がかぶっても、何度でも来たいのだが、全月制覇と言っている以上、いずれは目標をクリアしなければいけない。
そう、おなじみ「宮本」である。
連休明けたてのほやほや。しかし、5月といえば端午の節句である。お軸は想像通り兜を描いたものであった。清楚な白い花はぼたん。香合は七宝つなぎ。連休の間台湾で遊び呆けており、彼の地は暑いので季節も何もぐちゃぐちゃだったけど、ちゃんとここには日本の季節があった。
先付けはうすい豆腐。うすい豆を裏ごしし葛で固めた豆腐に淡路の雲丹がのっている。うすい豆というのはエンドウのことで、関西では豆ごはんにもよく使われる食材である。黒の盆の上で、金をあしらった切子の器に豆の緑が映える一品だ。黒の折敷が透け、隣には朱赤の盃もあり、色彩の対比まで計算されているという気がする。煮物椀は徳島の鱧。こちらもふたを開けるとふわりと上品な香りが立ちのぼる。漆黒の椀に鱧の白、緑のキヌサヤとすだち、梅肉の赤。嗅覚と視覚にガツンと来る心憎い演出である。
お造りは、明石の鯛にカツオのたたき。鯛はコリコリ、カツオはねっとり。
本日は新政の亜麻猫という日本酒からスタートした。なんてたってネーミングがいい。猫がついているもんね。しかもスパークリング酒だ。ラベルの解説によれば、この亜麻猫を搾る際に荒漉ししたもろみを加え瓶詰めし、一定期間やや暖かいところに置いておくと、生きた酵母の力で発砲感が得られるのだそう。この瓶内二次発酵の調整の難しさが、気難しい猫そのものなのでこのネーミングになったのだとか。気難しい猫、大好きである。続いても新政のカラーシリーズ、通称ラピス。定番中の定番である。新政は、とにかくすべての酒のネーミングが秀逸だし、ラベルもセンスがよい。もちろん酒が旨いことはいうまでもない。なにしろ、六号酵母を採取した蔵元である。蔵の方針にも筋が通っているというか、明確なポリシーがある。そこも含めてファンである。
焼き物は淡路の油目。アブラメというぐらいであるから、白身なのによい脂がしっかり乗っており、これがたまらん旨さなのである。酒は刈穂の種月という純米大吟醸を合わせる。新政と同じ秋田の酒で、亜麻猫が猫っぽいテイストなら、こちらはガツンと男らしい味わいで、油目のアブラをどうどう、とうまい具合に馴らしてくれる。
いい気分になってきた。出されたのは、ちまきと柏の葉っぱでくるんだお鮨である。またしても季節が端午の節句であることを思い出す。葉の緑が目にみずみずしい。八寸がまた豪華である。鯨のベーコンと水菜を炊いたもの、しゃぶしゃぶのお肉、生のコノコ、琵琶湖のアユ・・・エトセトラ。たまらず、新しい日本酒を注文する。善知鳥と書いて、うとうと読む。こちらは青森の酒で善知鳥とは海鳥の一種であるらしい。この酒蔵は田酒とか喜久泉という銘柄も出していると聞き、どちらも飲んだことがあったのでなんだか妙に安心する。海の幸、山の幸をつつきながら、旨酒をちびちびと飲る。至福のひとときである。なんだろうな、この心地。フレンチやイタリアンでは、こうはいかない。もちろん洋食にだって堪えられない美味はいっぱいあるのだが、畳の上に座って、素性のわかっている食材をきちんと真面目に作った日本酒でいただくことの贅沢さ。この感覚を味わうことこそが、和食の醍醐味だ。
渋い染付が出てきた。蓋には道光庚子年製古染附と書かれている。清の道光時代の庚子(かのえね)を調べると1840年。アヘン戦争の年である。伊万里では、明や清の時代の染付を忠実に写し、年製の文字まで丁寧に描いたというから、これはそれだろうか(ご主人に聞き忘れた)。呉須の色も美しく、連続する文様が丁寧に描かれた上手物である。蓋を開けると、中にはホタテと人参、ごぼう、キクラゲの入った飛竜頭(ひろうず)。たっぷり出汁を含んで、滋味もたっぷり。余談であるが、関西では飛竜頭(ひろうず)と呼ぶこれを、関東ではがんもどきと言うと知ったのは大人になってからだ。それも小説だかエッセイだか書物で目に触れた。(同じようなものにちくわぶがある。最初は誤植かと思っていたが、あるとき竹輪麩と漢字で書いてあるのを見て、竹輪とは違うことがわかった)
白磁の器に盛られているのは、毛蟹の身を三つ葉や芹、みょうがと和えたもの。お酒は富翁の純米大吟醸。伏見の酒である。馥郁と香る。このデキャンタのような瓶がまたたまらなく素晴らしい。酒の余韻を楽しみつつ、そろそろ食事である。炊きあがったばかりのご飯はどうしてこんなに美味しいのだろうといつも思うが、絶妙な焼き具合の鱒がご飯のうまさに拍車をかける。
フルーツのジュレがけ、女将さん手作りのわらび餅をいただいた後、お薄をいただき、5月のお楽しみを堪能した。宮本の大将は、名人に近づきつつあるな。