南森町「すし芳」
その季節のその日でないと出会えないネタを
変態の大将が華麗なる編集技を駆使して
一期一会のエンターテインメントに仕上げている。
前夜も南森町であった。会社の近所に名店がある幸せを噛みしめながら、今宵は鮨の暖簾をくぐる。ご存知、すし芳である。
本日はいきなり日本酒からスタートである。特別純米・喜久酔。これを美しいバカラのグラスに気前よくなみなみと注いでくれる。白い器に入っているのは、生しらす。喜久酔も、しらすも、静岡産。そう、産地つながりである。そしてイワシ。しらすは大人になるとイワシになるのである。静岡から今度は成長の物語が始まるのである。ううむ。
一筋縄ではいかない鮨屋であることはよくわかっている。いつの頃からか、こうしたネタの編集がなされはじめ、気づけば毎回新鮮な連続ワザに唸らされるのであるが、今夜はスタートから走っている。
お次は雲丹の競演だ。向こうに見えるのは由良のムラサキウニを巻いたもの、手前の備前に入っているのはもずくである。ここで山丹正宗という愛媛の酒が出される。 松山三井という米で作っているので、ラベルにはMiiとある。最近の日本酒、ネーミングもラベルも一昔前とは比べものにならないくらい頑張っている。ムラサキウニの風味をMiiで流したら、手のひらにポンと置かれたのは唐津の赤ウニの握り。このふっくら具合たまりませんな。赤ウニは淡路の由良のが最上と思っていたけど、唐津のもなかなかどうして良い具合。それに、これあべこべに挑戦しているわけね。あえて、由良のウニのセレクトをムラサキにする。天邪鬼な遊びではないか。
マイセンに入っている液体は知多半島のアサリのスープ。軍艦巻きの中にもアサリ。いやん、アサリのエキスたっぷりのスープの美味しいことと言ったら。考えてみれば、アサリは生ではなく熱を通してはじめてアサリ本来の力を発揮する。酒蒸しとかボンゴレとかも旨いもんねえ。
アサリを食べながらにんまりしていたら、大将がカウンターの中で何やら楽しげに作業している。おお、カツオをヅケにしているではないか。それをうつわに盛って上から大和芋をすりおろしたものに辛味大根の絞り汁を混ぜたものをかける。またこのちょっといびつな白磁が好い。大和芋の白とカツオのねっとりとした生きのよい色との対比がなんともいえずアーティスティック。芸術点満点をあげたい完成度である。カツオは千葉勝浦からやってきたのだそう。合わせる酒は和歌山海南市の紀土である。もちろん海南市で捕れるカツオも有名であるので、そこで作られた酒が合わないわけはないのである。タタキはまずは握りでいただいて、もうひとつは塩をパラリと降ってそのままがぶり。
続いては、長崎の白イカの造り。一週間寝かせたのと三日寝かせたのを食べ比べるという趣向、辛味大根と生姜でいただく。巻きは、白イカの耳と袴の部分を巻いて。白イカというのはいわゆる剣先イカのことだが、寝かせたものはねっとりと旨みを増し、濃厚な甘みである。このサワラと見紛う立派な切り身はアジである。小浜のアジに泥酢をかけたもの。そしてアジの握り。よおく脂の乗ったアジの旨さは、別格ともいうべき味わいである。
ここいらでトマトでひとやすみ。左は徳島産、右は熊本産。あたりまえといえばあたりまえだけど、トマトも産地別で微妙に味が違う。食べ比べつつお口をスッキリさせた後は、穴子をパリリと焼いたのに、ワサビをつけたのと握りにしたもの。そろそろフィニッシュに向かう感じかな。と思いきや、丹後のトリ貝二種。向こう側のは軽く炙って、手前の微塵唐草のうつわにはひもと酢味噌。これを根知男山という長野と新潟の県境にある酒蔵の酒で飲る。手前のグラスは、トゥールダルジャンがバカラにオーダーしたグラスなんだって。いい気分でちびちびやってたら、出してくれたのは宮城の渡り蟹に岩塩を添えたもの。これも絶品。手巻きの中身は渡り蟹の内子。この美しいオレンジ色を見よ。たまらず、日本酒のおかわりを。これは近江の七本鎗。魯山人が愛した酒としても知られている。
シブい備前に入っているのはシマエビのアタマ。これをちびちび七本鎗で楽しんだら、才巻海老の握り、そしてシマエビを冷凍して四角に整形したカルパッチョ。海老もまさかここまで解体され、茹でられたり、凍らされたりするとは想像もつくまい。
最後に、宮城の塩釜で捕れたマグロのトロ鉄火を巻いてもらう。ちびちび飲っていたつもりなのに、けっこう飲んでいてヘロヘロにできあがっている。いい感じである。本日も華麗なる編集テクニックを堪能した。大将、変態度にますますの磨きがかかっている。