千夜千食

第239夜   2015年5月吉日

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仙台「いわさき」

こんなところにこんな素晴らしい店があるのである。
東北なのに、味の方向は関西に向いている懐石。
仙台に行く機会があれば、またぜひとも訪ねたい店だ。

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 日本民藝協会の全国大会が仙台で開催される。今年のメインイベントは日本民藝館の深澤直人館長と日本民藝館展に入選した工人(民藝では作家さんのことをこう呼ぶ)との対談「手仕事の国・東北の未来」で、これはぜひとも聞いてみたいと早速申し込むことにした。

 全国大会は土日なので、金曜の夜から仙台前乗りである。ちょうど仙台へ行くならこのお店がいいよとの情報も震災以降東北の仕事が増えたという三浦さんから教えてもらっていた。

 仙台は十年ほど前に一度足を踏み入れた程度で、震災以降ははじめてである。日曜には仙台近郊の震災地区をまわるツアーにも参加する予定になっている。会社を少し早めに出て、空港に向かう。飛行機で1時間と15分、あっという間に到着だ。ホテルにチェックインする頃にはすっかり夜の帳が降りていた。仙台の夜。しかも金曜日。そんなになじみのない街の夜というのは、なんだか妙にドキドキする。どんな顛末になるのかしらんという期待感もある。何より、よく知らない土地を歩くというのが無性に好きな性分なのだ。目指すは青葉区国分町。仙台で夜、と言えば、国分町であるらしい。稲荷小路とか虎屋横丁など、風情あるネーミングの路地が縦横に走り、東北一の歓楽街であるそうな。賑わっているエリアは一見、仙台なのか、どこなのかわからないくらい似通ってはいるのだが、呼び込みのお兄さんのしゃべっている言葉の訛りが今まで知っているのとはちょっと違う。なじみのないイントネーション。いいぞ、いいぞ。めざす店は、雑居ビルの中にある。

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 季節料理いわさきとある。こんばんは、とのれんをくぐると、カウンターと奥には個室。さっそくカウンターに座って、本日のおすすめのコースというのをお願いする。あ、その前に、まずはおすすめの日本酒をいただかなくては。セレクトしたのは、綿屋(わたや)という宮城のお酒。名前のようにふわりと柔らかで端正で、けっこう好みの味わいである。これはいいものを教えてもらった。先付けに出されたアスパラガスのすり流しにもよく合う。そしてこのすり流し、中にウニのジュレが隠されているのだ。ふふ。初っ端から、いい感じで驚かせてくれる。この店はアタリ!かも。

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 色鮮やかな色絵の皿に載っているのはコハダのにぎり鮨。あれ、お鮨屋さんに来たんだっけ、と錯覚しそうになるうれしいサプライズである。しっかり脂が乗ったふっくらしたコハダをキュッと酢でシメてい、おまけに左は包丁の切れ目が鮮やかで、右は編み込みと、見た目も食感も微妙に違うようにこしらえている。こういうの、ちょっとした遊び心だよな。いいぞ、いいぞ。

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 コハダに興奮しているとメインがやってきた。わくわくしながらお椀をあけると、茄子とぐじが仲良く鎮座。お出汁には蓴菜が入っている。ううむ、このお出汁なかなか旨いぞ。関西風の滋味がある。お造りは、スモークしたカツオ。軽く塩を振ってちょんと乗った辛子で食べる。カツオのきれいな赤が色絵の皿に映えること。おぬし、計算づくだな。お造り第二弾は、仙台の鯛とアオリイカ。今度は色をおさえたうつわなので、鯛の桜色とイカの白がさりげなく引き立っている。日本酒も第二弾、日高見にする。これも東北の酒ですこぶる飲みやすい美酒である。

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 焼き物は、鱧と空豆。鱧はカリッと白焼きにされてい、手だれの料理人の手にかかるとこうも手懐けられるのかといった風情。尖った主張をせず、コースの流れの中に焼き物としてほどよく収まっている。空豆には黒ゴマで目をつけているので、カエルくんに見えてしまい思わずくすりと笑う。ふふ。シブい志野のうつわには、七ヶ浜のアワビ、毛蟹、白ズイキが盛られている。松島湾で穫れるアワビは磯の豊富な海藻を食べて育つので、味が濃厚になり、旨みがぎっしり詰まるそうである。噛みしめると、磯の香りが口中に広がっていく。たしかに、忘れ難い旨さである。お肉は、岩手と宮城との県境にある栗原で大事に育てられた漢方牛。漢方と名づけられているとあって、14種類の漢方薬やハーブなどを食べて育った牛なんだそう。なんと融点が23℃前後と低いので、口に入れた瞬間にすーっと溶けていくのである。

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 シメにシャコがいやというほど入った炊き込みごはんをいただいた。お味噌汁にはたっぷりと海藻が入っていて、ああ仙台に来ているのだなとしみじみ実感する。

 七ヶ浜、栗原など、関西にいると耳慣れない地名であるが、仙台近辺の産地の素材を実にうまく使って、素晴らしい一品に仕上げている。すぐ近くに松島湾という良好な漁場があるせいで、仙台の海の幸のレベルもすこぶる高い。何より、震災後、漁場が落ち着きを取り戻し、以前と変わらない安定した漁獲量が確保されているのだとしたら、これほど喜ばしいことはない。

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 ご主人におすすめのバーを聞き、一杯だけのつもりで飲みに立ち寄った。The Bar an。キャンベルタウンのスプリングバンクが充実しており、普段めったに飲まないのでチャレンジすることにした。アイラモルトの磯の香りとはまた違う、潮の香りのするシングルモルト。杯を重ねつつ、いつかウィスキーの蒸溜所を訪ねる旅がしたいなと妄想する。

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 国分町の夜は更けていく。