千夜千食

第20夜   2014年1月吉日

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広島のバー「KAWASAKI」

薬研堀をふらふら歩いていると
レンガ造りのビルに重厚な扉が出現。
そこは、オーソドックスな老舗バーであった。

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 広電にすっかりハマってしまい、鮨「もち月」を出た後も迷わず舟入町から広電に乗った。とりあえず繁華街に行ってどっか良さそなバーでも見つけ、2〜3杯飲んで帰りたい。十日市町で広島市の中心部を走る電車に乗り換え、胡町というところで降りた。土地鑑はまったくない。目の前に広島三越があったので何となくこのへんかなという直感である。新天地というところから一本東に入るとそこは流川というエリア。風俗店や風俗案内所が多く、あまり女ひとりでふらふらするところではないと気づいた。だが、友人が広島へ行くならここのお好み焼きがおいしいよと教えてくれた「八昌」を見に行く。鮨をたらふく食べた後なのでもう入るわけはないのだが、マーキング体質というのかとりあえず店をチェックしに行かずにはいられない。

 それにしても流川というエリアはかなり妖しい。後で知ったのだが、ここは中国地方随一の歓楽街なのだそうだ。奇しくも広島を訪れる直前にWOWOWで「仁義なき戦い」を延々放映しており、何本か観たせいで脳裏にはあのテーマソングが鳴り響いており、無意識に肩で風切って歩いている。すれ違う威勢のいい男性は皆菅原文太や松方弘樹に見えてしかたがないし、店先に立つ黒服は全員がヒットマンではないかとさえ思えてくる。ほっほほ。ワタクシは三代目・姐。など馬鹿げた妄想を楽しみながら、満席の「八昌」を外から物色し、この辺には感じのよいバーはないかもと思いながら歩いていると、薬研堀という通りに出た。薬研堀。聞いたことある名前だ。七味唐辛子・・・。

 そう、七味のことを薬研堀と言うのだった。反射的にうどんが食べたくなったが、ここは広島。粉モンを食するなら、やっぱりお好み焼きだろう。しかし、それはなんぼなんでも、さすがの私も今は無理じゃけん・・・。

写真[17]

 その薬研堀を歩きながら、ふと左手を見やると、一箇所だけ雰囲気の違うレンガ造りのビルが佇んでおり、なにやら重厚な感じの扉がある。外にはKAWASAKIとだけ入った看板。むむ、ここは。もしかして。長年生きていろんな場所でへらへらしていると、何となく自分好みの店は直感でわかるようになっている。意を決して扉を開く。

 ビンゴ!

写真[14]写真[15]写真[16]

 そこは、きわめてオーソドックスなバーなのであった。カウンターに入っているマスターも、すこぶるつきの正統派バーテンダー。店内は重厚なオーク調でまとめられてい、中国磁器のランプなどもさりげなく置かれた空間は、外が薬研堀であることを忘れさせるほどのクラシックな別世界。しかもスコッチの品揃えも充実している。愛酒ラガヴーリンもある。もちろん煙草も吸わせてくれる。

 「どちらからおいでですか」と問われ、神戸から来たと答えると、昔の神戸のバーの名前が出るわ出るわ。「ルル」「YANAGASE」「アカデミー」・・・。かつて何度も訪れたことがあるのだそうだ。「ルル」はたまたま経営されていた方が飲み友達の叔父様にあたるとかで昔からよく地元のバーで話題に上った店。「ルル」が店仕舞いしたときたくさんストックしてあった年代物ウィスキーの何本かは、その飲み友達の縁で私のよく行く近所のバーにある。レアな一品として、サントリーが税金をある一定額収めたときの記念すべき年につくったオリジナルウィスキーがあったことを思い出す。そのボトルには佐治敬三さんの直筆サインが入っていて、私もひとくちだけお相伴にあずかったことがある。「YANAGASE」も「アカデミー」も、今もたぶん(長年行ったことはないが)現役のバーのはずである。

 そんな神戸のバーの話で盛り上がり、気持よく杯を重ねた。後で仕事でよく広島に行くという友人にここの話をすると、彼は「二軒目は我々もKAWASAKIが定番じゃけん」だって。それなら、最初から聞いとくんだった。いや、そうではない。妖しげな薬研堀をさんざんうろついた挙句に自力で発見したという、その道行こそを大事にすべきなのだ。