千夜千食

第138夜   2014年10月吉日

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上本町鮨「原正」

さすがに天下の台所だっただけのことはある。
大阪ミナミの極上鮨は、鮨が苦手な友さえもノックアウト。
いや、ほんま、ここ凄いわ、またすぐ来たいわ。

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 明日は久々の五回會(回會記参照)。文楽が午前の部なので大阪前泊である。回會は着物を着るというお約束があるので、アタマを美容院でセットしてもらわないといけないのである。明日のスペシャルゲストは作家の玉岡かおるさん。彼女とは大学のゼミ友で、前日の夜も何か美味しいものを食べようという目論見がある。

 ところが、彼女は完全肉食人種で、私とは嗜好が違う。なので、はなから鮨はあきらめていたのである。
 以下、メールのやりとりである。
私:金曜は美味しいとこはもちろんだけど、ジャンルは何がいい?鮨以外で(笑)
玉:寿司以外ならなんでも(笑) 天ぷらとか、いいなあ
私:玉造にミシュランの★とった居酒屋があるんだけど・・・天ぷらもあるかも。
玉:それ、いいねえ。千夜千食にある?
私:まだない。何年も前に行ったんだけど。予約してみる。

 ところが、いろいろ電話で話しているうちに、思わぬ展開となったのである。玉岡さんがいちばん苦手だという鮨に行ってみたいと言い出したのである。まじ?何でも、鮨ばかり食べている私のFBを見てチャレンジする気になったのだというではないか。
以下、再びメールのやりとりである。
私:天王寺に行ってみたいミシュラン二つ★の鮨がある。予約してみようか・・・
玉:うわーー!よさげ。
私:もし、取れたら、そっちに乗り換える?
玉:うん、おまかせ。千夜千食の取材にもなるね。^ ^
私:よし、満を時しての鮨。8時半からだけど予約取れたよ
玉:ありがとー! なんか、運命の鮨な予感。^ ^

 いよいよ、当日である。めざす店は谷町九丁目から東へ一本目、千日前通を南に入ったところにひっそりとのれんを掲げていた。ここや、ここや。「原正」という看板がもうすでに旨い鮨を出すオーラをまとってる。

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 カウンターはわずか8席。二組が中国人らしき外国人。さてと。まずは日本酒である。義侠はるかという兵庫の酒。これがなかなか旨い。赤い切子のグラスもなんだか妖しくて素敵。一品目はアワビである。滋味をたっぷりと含んだコシのある柔らかさ。アワビそのもののセレクトもいいのだろうが、丁寧な仕事をしていることがわかる味。もうこれだけで目も舌もめろめろである。アワビで壁ドンされてる感じ・笑。明石のタコも唸る柔らかさ。やっぱり大根で叩くのでしょうかね(聞き忘れた・・・)。そして明石の鯛。もう、こんな状態で出せるなんて、それだけで感動モノである。コリリとした歯ごたえの中にとびきりの柔がある。「美味しい!」この三品で玉岡さんもすっかりノックアウトされたようである。続いて、ふぐ。コリコリ、しこしこ、強気の弾力。皮はむっちり、にっちり。大好きな三千盛のからくち純米吟醸をいただく。もう言うことありませんな。そうこうしていると、鰆を串に刺し、サッと炙ったたたきが出された。ううむ、鰆そのものが大阪ではレアなのに、この妙味、この炙り具合。焼き魚は太刀魚。脂の乗りがまたなんとも悪魔の味わい。ここで箸休めのお椀が出されるのだが、箸休めだなんてとんでもない。箸が動く、動く。お椀の中身は鱧ですな。いやあ、関西の極上素材の連打であります。噂に凄いとは聞いてたが、ここまで卓越しているとは。ネタへのこだわり具合、活かし方、たいした職人魂が横溢しているのである。

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 いよいよ握りである。こ、このイカの繊細かつ優美な切れ込みといったらどうだろう。職人技が工芸の域に達していると思うのは私だけか。唸る、嘆じる、ため息が出る、感服する。サヨリもくるりんと巻かれ、麗しい全盛期の吉永サヨリ様。鯛は、ひたすら端正である。凛として、明石の出であることを誇っている。マグロのヅケ、中トロの連打は、ただただ口の中の福を噛みしめる。いや、噛むというよりは、艶やかな脂が上品に溶けていくのを惜しみながら味わう。コハダでちょっと小休止して・・・見てください、この穴子。ふっくらと大らかで、やさしさを湛えたこの風情。もちろん、口のなかでほろりほどけて、至福の時へと連れていってくれる。イクラを盛った小さな丼も称賛に値する。そしてシャコの登場。みずみずしいのである。あのシャコが。あまりもの興奮と三千盛の飲み過ぎで、ほとんどへべれけになった私は迂闊にも写真を撮り忘れる。

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 ここからは玉岡さんによる撮影である。彼女は、もうおなかいっぱいとそろそろリタイア宣言をしたようだが、写真によるとこの後私は、からすみと白身(何だかわからない・・・)、雲丹の軍艦、トロ鉄を平らげたらしい・・・そしてシメに滅多に飲まない赤だしまでいただいたようである。

 いやあ、名にし負う「原正」。ここまでのクオリティだとは思わなんだ。それが証拠に、鮨はちょっと苦手と思っていた玉岡さんが美味しいとほぼ完食したのだから。これぞまさしく、運命の鮨である。玉岡さんの予感は的中したのであった。