三回會   2013年12月吉日

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滋賀・比良山荘「月鍋」

清楚な脂肪、清涼な滋味。
しみじみと、いのちに敬意を表しながら
比良山の「月の輪熊」を平らげる。

 京都の三浦さんが、今「比良山荘」が抜群にいいと言う。冬はなかなか予約が取れないから、僕のスケジュール優先で部屋は押さえたから、3名参加なら決行しようと誘われた。もちろん行きますとも、比良山荘。だけど「回會」のお約束である着物はどうする?三浦さんいわく「比良山荘の浴衣で今回はよしとしよう」よし、よし。浴衣も着物には違いない。よし。

 決行日は12月吉日。1泊2日の小旅行である。12時京都駅八条口集合。今回の面子は、京都からは三浦さんと三浦さんがオーナーだったお店の女の子でいずれは小さな旅館をやりたいという野心を持つこみちゃん、そして東京からは東さんの4名。

 まずは、三浦さんとこの三角屋さんの仕事である建物見学の前に、腹ごしらえ。蕎麦か、うどんか、蕎麦か悩んだあげく、三浦さんに案内されたのは、上京区西陣にある「鳥岩楼」。二階のお座敷に上がるなり、自動的に親子丼とスープが出てくる。お昼はこれ一品ということらしい。丼は小さめなのだが、持つとずっしり重みがある。そして親子丼の味はというと、こんな親子丼は初めて食べたという感動ものの旨さである。何、これ?馬鹿馬やんか。

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 鶏肉と卵だけでつくった親子丼。

 真ん中にうずらの卵がのっており、すでに半熟状になった丼にさらにうずらの黄身を混ぜる。卵好きにはこたえられないダブル卵責め。こっくり濃いめで甘みもほどよい出汁がしっかり底まで染み込んでおり、最後の最後まで濃厚な卵と出汁がごはんにからむ。あっという間にぺろり。このまま砂ずりやきもの造りで一杯やりながら、水炊きに突入したくなるのを押さえ、再び来ようと心に誓う。

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 さて、三浦さんの仕事見学だが、個人のお宅は外からしか見られないので、店舗である「45」へ向かう。す、すると、回會メンバーで京都在住のない藤の若旦那が奥さんと一緒にいるではないか。別に示し合わせていた訳ではない。なんという偶然か。しばしお茶をいただき、歓談。それにしても木を使った建築や店舗というものは古くなっても、それが味わいになるということがこの店にいるとよくわかる。結局それが木の魅力ということでもあるのだ。へらへらしているうちに、夕刻が迫ってくるが、もう一軒三浦さんの大好きな場所でもある八瀬の「蓮華寺」へ寄り道。閉門直前だったので、誰もおらず、まだ紅葉の残る庭の景色をたっぷりと堪能することができた。

 いよいよ、比良山荘へと向かう。

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 比良山荘は、琵琶湖の西に位置する比良山系のふもとにある料理旅館。京都市内からは車で約40分ほどの距離である。大原を抜け、鯖街道と呼ばれる国道367号を北に向かう。到着した頃には雪が舞っていた。宿はまさしく山荘と呼ぶにふさわしい簡素な佇まいであるが、それがきわめて洗練されている。部屋に案内され、まずはひと風呂。高野槙のすがすがしい風呂である。そして、「回會」のルールでもある着物(今回は浴衣)に着替えて、いよいよ夕餉である。

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 案内された和室には絨毯がしかれ、独特の角度のついたテーブルが置かれている。日本酒を吟味して注文すると、ほどなく八寸の猪肉、うるか、鮎のなれ鮨が出た。日本酒がぐいぐい進む。造りは、琵琶湖の鯉、鹿。続いてもろこの塩焼き。山の恵みを少しずついただく。

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 そして真打ちの熊が登場した。一同から歓声があがる。なんと美しいのだろう。白い脂身は清々しく透き通り、大皿の模様がうっすら透けて見える。熊というから猪のような野性味あふれる姿を想像していた。だが、実際の熊の肉はただ美しいだけでなく、とても清らかな印象があった。聞けば比良山に生息する70キロ級の月の輪熊で、信頼している猟師から入手するのだという。「この二三日、いい熊が入っています」とご主人の太鼓判。土鍋には澄んだスープがあたためられてい、ご主人が熊肉を箸でつかんでしゃぶしゃぶの要領でスープの中にくぐらせる。すると、あの美しい脂身はしゅるしゅると丸まって、それでもなおどこか遠慮がちな風情。口に入れると予想とは違いまったく脂っこくなく、獣臭さなどみじんもない。甘く、柔らかく、清々しく口のなかで溶けていく。なんと清楚な味だろう。山の恵みの滋味がする。スープにくぐらせ食べ進むにつれ、熊が一生懸命どんぐりや椎の実を食べている姿が浮かんできた。比良山の天然のおいしい木の実だけを食べた熊。冬を乗り切るためにせっせと脂肪をつけまさに冬眠しようとする直前にしとめられたいのち。その貴いいのちを、今まさにいただいている。そう思うと、食べる方もとことん最後までしっかり味わい尽くさねばという気持ちになる。いたいけない熊にこころの中で合掌しながらも、山の滋味をたっぷりと頬張った。

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 この熊鍋、比良山荘では「月鍋」と呼ばれている。葱や芹と一緒にシンプルに食べた後は、特製のうどんを入れスープを最後まで味わい尽くす。コラーゲンたっぷりの脂身のせいで、翌日はお肌がぷるぷるになるという。たしかに、翌日はお肌の調子がいつもより良いように感じた。気のせいではないだろう。熊のエナジーをもらったのだから。

 比良山荘が掲げるのは「山の辺料理」。冬の「月鍋」だけでなく、春は山菜、夏は鮎、秋は松茸という趣向で一年を楽しめる。冬には再び「月鍋」を食べに来たいけど、夏の鮎づくしというのも実に魅力的である。

◎追記

 翌朝は、三浦さんの会社三角屋さんが持っている朽木の工場を見学に出かけた。比良山荘からは車で30分ほどの場所である。広大な敷地には膨大な木や石がストックされている。それらを管理し、最適な状態にしてから大工に渡す。その作業の主が朝比奈親方である。三浦さんいわく「建築の骨格」ともいうべき作業を一手に引き受けておられる偉大な親方なのである。敷地には東大寺の礎石やウィンザー城に敷かれていたという石畳の石とかがごろごろとしており、ひとつひとつに壮大な物語がくっついている。怖い人と聞いていた朝比奈親方は、終始機嫌よくその物語を語ってくれる。工場に保管している大きな板は、ああこれ磨いてリビングのテーブルにしたらどんなに素敵だろうとか、やっぱりいつかは土地を買って朝比奈親方に素材を選んでもらって三浦さんに家を作って欲しいとか、もういくらでも妄想がふくらんでいくのである。

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 そういえば、比良山荘も、ひなびた中に味わいのある堂々たる日本建築だった。