恵比寿「ロブション」
着物でフレンチ食べに行く。
どうせ行くなら、格別の場へ。
結果「ジュエル・ロブション」と相成った。
松岡正剛師匠がナビゲートするNARASIAセミナー。最終回の第三講は根津美術館で遠州流お家元の講義を聞くというスペシャルな趣向が明かされた。一緒に参加していた三浦さんに「次回はやっぱり着物やな」と持ちかけたところ、「もちろん」という返事とともに、どうせ着物を着るんやったらその後フレンチに行くのはどうやろという提案があった。オーケイ。コーディネイトはまかせてと私もふたつ返事で引き受ける。メンバーはない藤の若旦那、東さん、西井さんの5人が名乗りをあげた。
さっそく、ロブションを予約するも、ガストロノミーとラターブルとふたつある。値段がまったく違う。が、ここはやはりガストロノミーだろうなとメニューを見るも、さすがに世界に冠たる三ツ星の価格である。三浦さんにおそるおそるコースはどうする?おすすめはデギュスタシオンで36,000円なんだけど・・・と遠慮がちにメールすると、即座に「デギュスタシオンでいいでしょう」との返事。なんと剛毅なことか。よっしゃ。そういう気なら、とことん行くでとでデギュスタシオンを5名分予約した。
もひとつ剛毅なことに東さんはこの日のために京都で羽織袴まで新調した。コーディネイトしたのはない藤の若旦那である。西井さんの貸衣装、そして当日の着付けまでアレンジしてくれ、晴れて全員が着物でそろった。
待ち合わせは恵比寿のウェスティンホテルロビー。目の前には燦然と輝き、聳え立つ「ジュエル・ロブション」
女一人に男四人の着物姿。一体全体こやつらは何者?という見るからに怪しげな集団はゆるゆるとロブションに入り、入り口で記念撮影の後、羽織をクロークに預けた。外から見るだけだったお城は、内側もまた異次元の世界。うやうやしく案内されたのは、その異次元ゴージャスなガストロノミーの中でもど真ん中の丸テーブル。否が応でも視線の集まる場所である。そして、私たち以外はほとんどがカップルだ。
ソムリエがにこやかな笑みをたたえてやってくる。うやうやしくワインリストが配られると思いきや、なんと手渡されたのはiPad。リストはすべてこの中に入っているのだった。まずは景気づけにシャンパンをボトルで注文。みんなで威勢良く乾杯をする。
いよいよデギュスタシオンが始まった。アミューズは、ひとりひと缶のキャビア。もうこのまんま。何も足さず、何も引かず、そのまんまスプーンですくって食べる。ああ、なんとシャンパンと合うことか。ひと缶独り占めの幸福にクラクラする。しょっぱなから、もうれろれろである。続いて、ウニを使った三種のオードブル「特選ウニ3変化」。ロブション風ピュレと共に食べるウニ、ブランマンジェになったウニ、マリネされキュウリと大根の上に乗ったウニ。ねっとり、まったりと、口腔にからみつくウニの風味を異なる食感と料理法で堪能する。なんだかここまででも、もうじゅうぶん幸せな感じである。
お次は、北海道産インカのめざめをマリネしてカルパッチョ仕立てにした一皿。たっぷりのトリュフがかかっている。そして「旬の甲殻類3変化」は、たらば蟹、ラングスティーヌ(手長海老)、甲殻類のブイヨンの三重奏。もう、何がなんだかいちいちわからないのだが、どれも感動的な美味しさで、ワインが進むったらありゃしない。続いてホタテと根セロリとフレッシュトリュフのサラダ。三浦大根のヴルーテとフォアグラのポワレ。まだコース半ばですでにキャビア、トリュフ、フォアグラの御三家が出払ってしまった。この後何が出てくるのだろうと不安、いや期待はいやがうえにも増してくる。それにここまで出るのにかれこれ一時間半くらいは経っている。ない藤の若旦那が、「今日はこのへんでええかも。僕、この後ラーメンでもええわ」と恐ろしく魅力的なことを言う。「じゃあ、今日はここで締めてもらって、明日また途中からはじめてもらう?」そんな客はいないだろう(笑)。
ところで、最初のキャビアやウニには、お皿と一緒にカラープリントした写真がついていた。聞けば、シェフの趣味であって、素材がひとめでわかるというので好評であるらしい。遊び心というものか。テーブルセッティングのまわりには、大粒のダイヤモンドがさりげなくごろごろと撒かれており、「これ本物かしら、一粒持って帰ってもいいかしらね」などと馬鹿げた冗談も言い合えるようになっている。
さて、後半戦。
ゴルゴンゾーラピカンテはエスプーマ仕立て。どうしたらチーズをこのように料理しようという発想が浮かぶのだろう。萩からやってきたという甘鯛はうろこ付きのまま香ばしく焼かれている。旨い。一皿一皿は小さめだがすでに八皿が出されている。九皿目は特選和牛のロースト。黒胡椒の香りを効かせ、ロブション風ピュレの上に可愛らしく乗っている。いい案配の焼き加減である。そしてまた写真とともに出されたのは旬の野菜たちを小さなココットに入れエチュベ(蒸し煮)したもの。野菜の滋味にほっとしながら、十皿目を終了。ここからはデザートである。まずは、グリオット(さくらんぼ)のマリネ。上にはピスタチオのアイスクリームが乗っている。爽やかな甘みである。そしてピンクのダリア。なんと美しい色とカタチだろう。中身はライム風味のチーズケーキなのである。最後の最後まで、シェフの遊び心と技量の連打に酔わされる。
大満足である。ご機嫌である。ご満悦である。申し分ない。ご満腹でもある。
ガストロノミーの隣には、妖しく艶やかなバーがある。その名もルージュ。赤を基調にしたインテリアは淫靡で退廃的ですらあるのだが、お腹ぽんぽんの一同、ここで食後のウイスキーなどを嗜み、しばし歓談する。
勘定をすませ、店を出るときに驚いたことがある。クロークにずらり並ぶこの羽織を見よ。退出する私たちのためにきちんとたたんでくれているのである。壮観である。さすがに三ツ星グランメゾン。
さて、この話にはまだ続きがある。
アフターロブション。まだ飲み足りない。いや、食べ足りない?ロブションから歩いてすぐのところには、私の深夜の御用達店「ちょろり」があるのである。「ちょろり行く?」「うん、行きたい」「行こ、行こ」もちろん、いつも清く正しく明日も朝から仕事があるという三浦さんは、ちゃんと帰った。残りの不良4名はフレンチを食べた直後に、着物を着たままぞろぞろとちょろりへビール&ラーメンを食べに行くという暴挙に出たのである。
ラーメンを一口すすった若旦那がひと言。「ああ、やっぱりラーメンや」
ジュエル・ロブションが泣いている。
※デギュスタシオンとは、(仏語・degustation)元々は、試食や試飲を意味する言葉。レストランではシェフが全体の流れやバランスを考えながら、ひと皿を少なめにして幾皿もの料理を提供するコースのことを意味します。
◎追記
この記事を書くため、当日もらったメニューをずーっと探していたのだが、どうやら紛失してしまっていた。もしやと思い、ロブションに電話した。「一年半も前のことなんですが、その日のメニューがどんな内容だったかわかるでしょうか?」わかったのである。名前を言うと、下の名前までフルネームで記録が残っており、「たしかにその日いらしてますね、お待ちください」と即座にメニューが出てきたのである。ファックスが読みづらかったので、メールにメニューを添付して送ってもらった。
完璧な顧客管理である。
電話に出たレセプションの女性の対応も迅速かつ丁寧で舌を巻いた。つまり、一度でも行けばその情報が記録に残っているということである。ワインのセレクトもたぶん記録しているはずである。次回行けば、そのへんのデータをきちんと把握した接客になるに違いないと思う。ここまでやれている店がどれくらいあるのかはわからないが、そこまでできて三ツ星というのなら、やはりここは最高のフレンチレストランであろう。