五回會   2014年11月吉日

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「文楽」&「本湖月」

作家にとって作品のモデルにした人物の
子孫に会うというのはどんな心地がするのだろう。
そんな邂逅に立ち会えた初秋の大阪ミナミ。

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 そろそろ回會でも本文楽に行かなければと思っていた。11月には久々に国立文楽劇場での公演がある。「文楽」どうですか?との誘いに、4名中3名が乗ってくる。素晴らしい。関西で回會をやるなら次は「本湖月」に行こうという三浦さんの言葉も思い出し、文楽&本湖月行きを決行することにした。

 今回のスペシャルゲストは作家の玉岡かおるさん。なんと、彼女のベストセラー「お家さん」に登場する鈴木商店の大番頭金子直吉は、ないとうの若旦那の曽祖父だったという凄い事実。

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 発端は若旦那のお家でランチをご馳走になった日である(千夜千食第3夜)。庭をぶらぶらしていたら、お宅の廊下にある本棚に目が行った。あれれ、「お家さん」がある。「わかだん、玉岡さんなんて読むのね」と言えば、「あ、あれに出てくる人僕のひいおじいちゃんやねん」「え?え?それって金子直吉?」「うん、そうやねん」

 え、えーーーーーーーーーー。玉岡かおるさんは、大学のゼミ友なのである。

 すぐさまメールした。

 「まじーー?直どん、出たーっ。ぜひ会いたいですー。」という返事。

 というわけで、かれこれ一年の時を経て、両者ご対面の機会をつくることができたのである。

 メンバーでの初文楽、演目は「双蝶々曲輪日記」である。東京国立劇場では歌舞伎も同時に上演されている。侠気と侠気がぶつかる任侠世界の世話物の名作。これを通しで上演するというハードルの高さにもかかわらず、回會メンバー誰一人落ちることなく大いに楽しんだというのは、さすがとしか言い様がない。最後の「八幡里引窓の段」では、老いてもなお子を思う気持ちに少しだけ泣かされる。これも情感たっぷりの文字久大夫さんの語りの力であろうか。メンバーもみな「面白かった」と口を揃える。すでに文楽観劇の先達である玉岡さんの解説も面白く、みな文楽に興味津津。また次回も行きたいとの声も出た。上々の首尾である。

 終演後は、本日のメインイベント。近所の喫茶店に移動して、改めて作家と金子直吉曾孫のご対面である。そもそも玉岡さんが金子直吉に興味を持ったのは、「天涯の船」執筆時の調べ物のときであると聞く。主人公である松方幸次郎がヨーロッパで後の松方コレクションの礎となる美術品を買い集めていたとき、鈴木商店の大番頭である金子直吉が幸次郎に何くれとなく便宜を図り、収集資金の立替にも快く応じたのだという。玉岡さんはその心意気に惚れ、それがきっかけとなり鈴木商店というものに興味を持った。その侠気、もとい男気の持ち主の曾孫との対面はどんな心持ちであったろう。金子直吉という人がいなければ、大作「お家さん」は生まれていなかったかもしれないし、もとより若旦那も生まれていないのである(ちょっと強引)。若旦那のお祖母様が金子直吉の末娘にあたる。ほとんど昔のことは知らないとはいえ、親戚のおじさんから聞かされたという当時の話で大いに盛り上がる。若旦那が唯一、曽祖父直吉に倣っているのはヘアスタイル。少しでも曾祖父さんに肖りたいと坊主にしたという。(いや、知らなんだ・・・)それにしても、別々に親しくしている人たちに意外な関係があったということにも縁というものを感じずにはいられない。

 玉岡氏さんと回會メンバーの距離が一気に近づいたところで、ゆるゆると法善寺横丁「本湖月」へと向かう。ここは、平成14年に「中座」火災のあおりを受け、延焼。その三年後に三浦さんところの三角屋の設計によって再建。古い法善寺横丁の立地をうまく活かした三階建てで、一階は白木のカウンター席、二階三階が座敷である。総勢7名であったので二階のお座敷に通される。このお座敷がまた素晴らしいのだ。床の間には、紅葉のお軸、備前の花生けには照葉や柿が投げ込まれている。空間そのものが束になって「秋のみのり」を表現しているのである。

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 もともと大阪で回會をやるなら「本湖月」へ行こうというのは三浦さんの希望であった。大好きな南森町「宮本」のご主人が修行した店でもあるし、なにしろ大阪中にその名は鳴り響いている。異論があろうはずがない。満を持しての会食なのである。

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 最初に香煎が出された。これは茶懐石ですよという合図ですな。ぽってりとした肌合いの汲み出し、心惹かれるものがある。先付には銀杏を乗せ美しい色の紐で結んだように絵付けした陶器の小筥が出された。季節の贈り物、そんなメッセージがこめられているのだろうか。わくわくしながら蓋をあけると、そこにはスルメと柿のなますがびっしり。その下には伊勢海老が隠れている。雅味なるサプライズである。スルメもこんな風に使われるとは思っても見なかったろう。続いてはカラスミをお餅にはさんで炙った一品。ふはふは、うふふとかぶりつく。若旦那が幸せやと溜息をつく。玉岡さんもにんまりする。この青花のうつわがまた魅惑的。袂にこっそり入れて持って帰りたいほど趣味である。朱で白鳥を描いたお椀をあけると、またまたサプライズが。この細く切られたものは、なんと、松茸なのである。もう普通に松茸なんて食べ飽きたでしょ、こうしていただくも乙なもんでっせ、というご主人のメッセージか。いやいや、なんと贅沢な発想でしょう。たねは蟹しんじょ。みな言葉がない。だが、顔を見ると全員がうっとりと至福の顔つきをしている。

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 お造りは、鯛と鰆という瀬戸内海のハーモニー。文句のつけようがありませんな。枯れ葉をかたどった小皿には、伝助穴子。そう伝助くんは11月からが旬なのである。山椒がたっぷりとかかっている。そして竹籠の上に懐紙を引いて、その上に照葉を盛った八寸には、みなから歓声があがる。秋真っ盛りの色、色、色。そっと懐紙をはずせば、竹籠の中には目にも絢な色、色、色。柚子釜の中の朱色のイクラは黄身おろし和え、葉っぱのお皿には塩麹漬けにしたホタテ、王子サーモン、銀杏、菊菜としめじの白和え、渋い小皿にはとびあら海老の麹漬け。もう、日本酒が進むったらありゃしない。なんかお銚子が空になったら、誰かが自動的に注文して、もうどれくらい飲んだのかもわからない。続いて湯葉を張った小鍋。中には和歌山のクエが入ってる。スープも美味しいのに、このスープでおじやはしないと言うのである。なんで?なんで?なので、飲み干す。黒潮の恵みの露をしみじみといただく。山かけのおそばをいただいた後、シメは堂々の鯛めし。お頭まるごとのエキスをたっぷりと含んだ米が、ふっくらとつややかに光っている。ご主人の目玉はどなたが?の声に、威勢よく「はい!はあ〜い!」と手を上げる。

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 デザートは柿とサルナシ。サルナシを品種改良したものがキウィと聞いてびっくりする。知らなんだ。添えられているソルベはカルピス、三ツ矢サイダーのジュレがかけられている。これ、ご主人の郷愁の味なのだそうだ。我々にとっても懐かしい子供の頃の味である。

 大阪割烹の真髄ともいうべき懐の深い流れに圧倒される。ほんとうにご馳走様でした。お座敷という空間のしつらえ、審美眼あふれるうつわの数々、厳選された美味素材、そしてひとひねりもふたひねりもある料理の工夫。さすがにすべてが素晴らしく、全員が文句なしに満足した夜であった。文楽の情というものに触れ、金子直吉の物語を共有し、その一日のフィナーレを「秋のみのり」という時候のテーマで飾れるなんて。みのり多き、秋かおる五回會であった。

◎追記

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今回は、玉岡さんと事前にどんな着物を着ていくかで、いろいろ楽しい相談をした。それぞれ紬であるが、色もかぶらず、むしろ黒対白で互いのコーディネイトをそれぞれが引き立てている感じ。大人になるとこういう着物の楽しみ方があるのねと納得。この顛末、いずれにほん数寄の『きもの』コーナーで紹介する予定。