千夜千食

第36夜   2014年2月吉日

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白金の割烹「こばやし」

東京で関西の味を
楽しめる貴重な割烹。
隠れ家風ロケーションも◎。

 東京での定宿はほぼ決まっているが、そこに向かう道すがらタクシーの中から発見した新店である。なんだか、私の嗅覚を刺激するものがあったのですぐさま屋号をチェックし、スマホで検索した。あったあった。店の名前は「こばやし」という。

 日曜日も営業しているというのに気をよくし、予約をしてみたのだが、たまたま臨時休業にあたってしまい、最初のチャレンジは失敗してしまった。そうなると、何が何でも近いうちに行かねばという気になってくる。二週間後、今度はすんなりと予約が取れた。

 場所は白金台。パンが美味しいことで知られる店の小さな公園をはさんだすぐ真向かいにある。店の外からは、ちらりちらりとカウンターが見える。幸い、客はまだ誰も入っていないようである。カウンターは八席。かなりゆったりしたつくりである。奥には秘密めいた個室もあるようだが、やはりこの手の店の最初はカウンターがよい。

 お店はご主人と奥様のふたりで切り盛りしている様子。開口一番「関西の方ですか」と言われてしまう。私の変なイントネーションは、普通にしゃべっているつもりでも必ず気づかれてしまうのだ。「神戸です」と答えると、なんと。ご主人は神戸で長年修行されている方だった。つまり、ここはまるっきり関西の店なのである。それだけで、なんだが妙にくつろいだ心持ちになる。

 そもそも東京で懐石とか割烹には数えるほどしか行っていないが、過去の経験からするとたいてい煮物椀の味が濃く、美味しいと思った試しがないのだ。ここは関西ではないから、と思っても何かが違う。板前の個性として料理そのものにオリジナリティがあれば別だが、たいていはかつお節の風味が強すぎたり、醤油の味を塩辛く感じたり、ということが多かった。関西でならいやというほど口に合う懐石があるのだから、何もわざわざ東京に来てまで食べる必要はないし、第一東京には他に美味しいものがいっぱいありすぎる。和食に関してはずーっとそう思っていた。

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 でも考えてみれば、東京にだって関西で修行した板前の店はたくさんあるだろうし、私が探していないだけだ、ということに気づく。

 そして、こちらの煮物椀は、予想通りまるっきりの関西の味であった。

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 しかし、味のベースは関西風ではあるが、ここはここだけのオリジナリティを表現するのにとても努力している。たとえば、おつくりには醤油のムースをつける。これはけっこう一般的になっているトレンドではあるが、このムースの出来栄えはなかなかのものである。そして宍粟牛の上に雲丹を乗せたお鮨がこちらのハイライトである。宍粟、これは「しそう」と読む。兵庫県姫路の奥にあった郡で、現在は市になっている。これで分かる人はピンと来たかもしれないが、あの但馬牛の産地にとても近いのだ。つまり但馬牛の血統を受け継ぎ、自然の豊かな宍粟の地ですくすく育った和牛なのである。この宍粟牛と雲丹という組み合わせは、店のオリジナリティをアピールするのには絶好のアイデアだと思う。

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 この日は、奥様のおすすめに従いまずは石川の「閃」、そして目ざとく見つけた黒龍の「しずく」をいただいた。非常に大満足である。