深夜の「モレスクちょろり」
こういうコースが癖になると
いかんのだ、絶対にいかんのだ!
と言いながら今宵もやってしまう・・・
お気に入りビストロ「モレスク」。この店の心地よさを愛するのは私だけでないらしく、本当にいつ来てもいっぱいである。店自体はそんなに新しくはない。インテリアにそれほどこだわっているわけでもない。だけど、いつも満席状態で座れないので、グラス片手に立ったままカウンター越しに会話する常連さんもいる。ほどよいざわめきと熱気ある賑わい。これを作り出しているのがオーナーの福島さんである。一見さんでも常連さんでも分け隔てなく会話を交わし、空になったグラスのタイミングを逃さない。親しみやすく、お茶目で、動作は機敏。ときに真摯に語り、洒脱に冗談を言い、絶妙な間で相槌を打つ。カウンターを福島さんと一緒に切り盛りしている前田くんも、いつも軽妙かつリズミカルに動いている。軽口をたたくのも上手い。料理方であるシェフたちも、下ごしらえは奥にある厨房でしているだろうが、たいていカウンターの横にあるキッチンで最後の仕上げをする。調理の過程が見えるのだ。オープンキッチンというほどでもないのだが、作り手とも会話できるというしつらえはあるようでなかなかない店の雰囲気をつくるのに一役買っている。
「コージー」という言葉がここにはきっといちばんふさわしい。そう、この店に漂う素敵な空気の正体は「feel cozy」なのだと思う。
ここに来ると、さほど空腹でなくても黒板メニューが気になって仕方がない。この日は、適度におなかがすいていた。前菜は海老と筍の焼きテリーヌと桜鱒と菜の花のソテー。私はいつも一皿ずつでも充分なのだが、福島さんに「半分ずつでいいね」と言われ抵抗できず従ってしまう(変なところで弱気)。メインは白アスパラとホタテのソテー。これも福嶋さんによって自動的に半分の量にされる。別に半分でもいいのだが、本来なら一皿まるまる食べられるものが自分の意志とは関係なく半分にされた、ということを視床下部は明確に記憶する。脳が満足しないので、〆にパスタが食べたくなる。桜えびとそら豆のパスタ。これも、半分にされる。ちょっと文句を言うと、「えっ、ちょろるんでしょ」と返される。
「ちょろる」とは、恵比寿にある深夜ラーメン店「ちょろり」に帰りに寄ることをさす。モレスクで食べる料理が少なかったり、少し早めに帰ろうとすると必ず福島さんか前田くんに「あ、ちょろるなあ」と茶化されるのだ。「ちょろらないって」と言いながらも、私の脳には「ちょろり」の字がインプットされ、まるで洗脳されたかのように「ちょろり」に向かってしまうという悪習慣がついてしまっているのである。
この夜は、シェフまでが半人前のパスタをサーブするときに「ちょろり用に半分ね」などと恐ろしいことを言うではないか。さんざん「ちょろり」というワードを刷り込まれ、軽く酔っ払っていた私は、もちろんモレスクを出た後、「ちょろり」に直行したのである。
「ちょろり」は悪魔のラーメン屋である。スープはきりりとシャンタン系。私のお気に入りはワンタンメン。二軒目の時はさすがに麺は半分にしてもらう。
しかし、ええ年をして、いちびってこんなことをしている場合ではないことは理性ではよくわかっている。いつか、「ちょろり」には二軒目ではなく、夕食のメイン店として堂々と訪ね、正規のワンタンメン一人前を食したいものである。