千夜千食

第41夜   2014年3月吉日

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目黒の「八雲茶寮」

住宅地の中にひっそりと佇む邸宅。
ここは、ただの和食レストランではない。
洗練された茶事のようなひとときを過ごせる店。

八雲

 この店の存在を知ったのは、カメラマンのM(1※)さん情報によってである。「銀座に和のアフタヌーンティーをやっている店があってかなり素敵。同じオーナーが世田谷の八雲というところにも一軒家レストランをやっているよ。きっと好きだと思う」

 さっそく偵察にでかけた。銀座のポーラビルの二階。よく前を通っていたが今まで気づかなかった。和のアフタヌーンティー。四種類の日本茶、紅茶などから飲み物を選ぶと二段になったスタンドがやってくる。スタンドと言っても、あのイギリス式ではなく、木でできたトレーを二段に重ねた和のしつらえである。上の皿には上品なサイズの羊羹、饅頭、カステラなどの和スイーツ、下の皿には季節のご飯物と香の物。さすがにサンドイッチやスコーンとは違い、そうぱくぱくは食べられないのが残念。だけど、アイデアは秀逸。こういうの女性に人気だろうなあと思う。店内では南部鉄器や波佐見焼きのプレートなど、日本のいいものも販売されている。オーナーの数寄のテイストがよくわかる品揃えである。

 どういう人が経営しているのか調べてみると、同じオーナーが南青山で和菓子屋さんを開いており、目黒の東山には和風レストランがあることもわかり、早速訪れてみた。ますます数寄になる。そして、いつかは本丸である八雲茶寮に行かなければと思っていたのだが、そこにはとても大きなハードルがあった。

 夜は紹介制。

 会員制ほどエクスクルーシブではないのだが、それでも紹介制となるとそれなりのハードルである。さて、どういうルートで行き着くか。回會メンバーの三浦さんは行ったことがあるという。そこを突破口にするか?うーん。そりゃあ少々安易。ところが、ところが、すっごく近いところにその入り口はあったのである。

 松岡師匠が開催するイベントで「蘭座」という知的遊びの会がある。これは資生堂名誉会長福原氏と松岡師匠によるきわめて粋な勉強会で、その何回目かの会場が八雲茶寮になったのである。昼間ではあったが、ブッフェ式でのパーティー料理もふるまわれ、邸宅内のインテリアもうつわもすっかりお気に入りになってしまった。このとき感激したのはドリンクとして出された抹茶シャンパンである。抹茶茶碗に抹茶を入れ、お湯のかわりにシャンパンを注ぎ、茶筅で点てるのである。シャンパン好きとしてはこの発想にすっかり降伏してしまったのである。そしてその場でオーナーの緒方慎一郎氏が「蘭座」に参加したと伝えていただければ夜もぜひどうぞ、と嬉しいスピーチをしたのだった。やった。とうとうフリーパスが手に入ったのである。

写真

 さて、誰と出かけるか。美味しいもの好きは基本条件であるが、せっかくなのでうつわ好きのカメラマンM(3※)氏を誘う。ちょうどギャラリーのような待合で、ダイニングのメインで使っている岡信吾さんのうつわが展示されており、ふたりでいいよねといろいろ鑑賞。この作家は初めて知ったのだが、唐津でかなり広範囲にいろいろなタイプのうつわを焼いている。どれも骨董かと思うほどの渋く枯れた味わいで、相当な手だれであろう。いいなと思うものはとても素敵なお値段で、なかなか手は出せない。だけどどれも素晴らしく洗練されている。

 三浦さんからカウンターがいいよと聞いていたので、あらかじめリクエストしておいた。こちらの店長とはすでに蘭座や松岡師匠のイベントで顔見知りである。

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 食事の前に、本日使う食材のプレゼンテーションがある。細長い三方のような木の盆に海の幸山の幸を乗せ、説明してくれる。こういうしつらえはわくわくするね。三月弥生は、甘鯛や蛤、赤貝。ドリンクには日本酒のスパークリングというのを注文してみた。「水芭蕉 ピュア」という発泡性清酒でシャンパンと同じように瓶内二次発酵させている。これ、日本酒好きとシャンパン好きにはたまらないマリアージュである。一杯だけのつもりだったが瓶ごともらう。

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 最初のひと皿に度肝を抜かれた。大胆に櫻を描いたうつわの真ん中に蛤のリゾットが乗っている。一瞬、花を皿の上に散らしているのかと思うくらいのインパクト。うつわも和食にとっては重要な食材。そんなことを語りかけてくる皿である。何より、料理だけでなく、うつわとのコーディネーションもしっかり楽しんでくださいと言わんばかりの暗黙の、しかしながら強いメッセージを感じる。続いては繊細な縁に削られた木のうつわに入った和えもの。そしてお椀。こっくりした白味噌のお椀から顔をのぞかせているのは、白子。雑煮のように香ばしく焦げ目がついてい、口に入れるとふわりと甘やかに蕩けていく。ねっとりとした甘鯛の造りは、目の前で丁寧にさばいてくれる。こちらも古伊万里かと思うような時代を感じる岡慎吾氏のうつわに盛られている。白醤油でいただく。赤貝の焼き物は串に刺され、備前のような土を感じる野趣たっぷりのうつわに乗っている。甘鯛の煮物に餡をかけた一品は、八雲茶寮のロゴが描かれた白磁のうつわで。メインはすき焼きである。こちらはシンプルな白いうつわで供され、すき焼きなのになぜか端正。

 ひと皿ひと皿に、どう盛ると料理が美味しそうに見えるのかがしっかり計算されている。いやその前に、その時期の食材をどのようにセレクトしてきて調理し、どんなうつわにどう盛るか。そのあたりを吟味しつつ、月ごとのテーマに落とし込む。その精神は限りなく茶事に似通っているように感じた。

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 デザートの和菓子は目の前で職人さんが作ってくれる。こなしと呼ばれる白あん、よもぎの入ったあん、そして粒あんの塊をまずはプレゼンテーションし、最初は粒あんのまわりに白いこなしを網で漉し、瞬く間にきんとんを作ってくれる。その風情は、もはやデザートというよりは主菓子である。作りたてのきんとんはやさしく口のなかでほどけていく。ほんのり甘く、清らかな美味。続いて桃の節句にちなんだ愛らしい桃のかたちのお菓子。いただいた後は薄茶が出される。濃茶こそないが、この一連の流れはまさしく茶事ではないか。そういう意味では、この主菓子と薄茶こそが、こちらの店のクライマックスかつメインとも言えよう。

 ロケーション、インテリア、季節、うつわ、メニューの組み立てと流れ。それらすべてをトータルに五感で感じながら、クライマックスのお茶へと期待感を高めていく。そんな楽しみかたのできる店である。一緒に行く人を選ぶ店だ。

※カメラマンM氏はなんと4名もいるのである。知り合った古い順からM1、M2、M3、M4とさせていただく。