千夜千食

第50夜   2014年3月吉日

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夙川イタリアン「江坂」

こういうタイプの味がちゃんと
昔と変わらずにあるということが貴重。
きわめて正統的かつ懐かしのイタリア料理である。

 もうかれこれ30年ぐらいになるのだろうか、一世を風靡した店である。夙川でイタリアンと言えばここ、と誰もが名前をあげる店。当時は予約も取りにくいと聞いていた。その後、一度大学のゼミの同窓会でここが指定され、そのときたしか初めて訪れたように記憶している。悪くなかった。というより、確かに美味しかった。だが、おしゃべりに夢中で、どういう味だったか、どんなメニューだったかはほとんど憶えていない。

 以来、ご縁がなかった。名前も場所もよく知っているし、評判もすごくいい。だけど、何となく行く機会が見つからなかった。それがどうしてだか夙川で食事することとなり、携帯のリストの中にその名前を発見したのだった。当日だったが、幸い席は取れた。行ってみると最後のテーブルだったようだ。

 圧倒的に家族連れの常連客でいっぱいである。夙川という場所柄そうであろうことはわかっていたが、長年通っているという感じの人たちばかりである。

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 前菜にはほたるいかのサラダ。オリーブオイルでしんなりしている菜の花とこっくり濃いホタルイカの相性に驚く。くたくたになったパブリカの酸味も効いている。そ、そして、大好物のオニオングラタンがあるとは知らなんだ。ていねいに炒められたたまねぎが絶妙なコクをしっかりと出している。海老とアボカドのサラダも、こちらの期待を上回る味付け。タコのフライはカリカリに揚げられてい、齧るとしこしこ。衣の食感もたまらない。レモンをキューっと絞って味が完成するようちゃんと塩加減が計算されている。パスタは二品。シンプルなクリームソースと写真を撮り忘れたがボンゴレ。どれも、しみじみと懐かしい美味しさであった。

 昔ながらの神戸のイタリアンを彷彿とさせる味である。世の中にパスタというものが出現する前から、神戸には「ドンナロイヤ」や「ベルゲン」など老舗のイタリアンが何軒かあって、きわめてトラディショナルなイタリア料理を出していた。今のトレンドのような軽めのイタリアンではなく重厚な味だったように記憶している。北野にも「イル・コルノ」という店があり、かつて何度か通ったことを思い出す。しっかり重く、食べ応えのある肉料理やパスタ。気軽なイタリアンができるまだ前の話である。系統で言えば、ここ江坂はそんなタイプのイタリアンであるような気がした。少し前に食べたら古くさいと思ったかもしれないが、今はその古さはていねいさを想像させる。長年しっかり修業をした上で、基本に忠実に真面目に誠実につくったイタリア料理。

 デザートにはプディングをいただいたが、卵と牛乳の存在をみっしりと感じるむっちりした味わいで、プディングは蒸し料理であることを思い起こさせてくれた。近頃なかなかお目にかかれないきわめてオーソドックスな逸品である。

 店名の前には小料理とついているが、とんでもない。ちゃんとしたきわめてオーソドックスなイタリア料理である。小料理というのは、家庭的な雰囲気という謙遜だろう。