千夜千食

第61夜   2014年4月吉日

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銀座の割烹「奥田」

噂にはいろいろ聞いていた。
東京の和食はなんだかなあという先入観を
見事にくつがえしてくれた割烹。

 基本、東京で和食を食べようという気にならない。何軒か行った店がたまたま悪かったのか、それとも別に東京で美味しい和食など求めていないからなのか。何軒か好きな店はあるけれど、和食は大阪でも京都でも名店があるからそれでじゅうぶん。むしろせっかくの東京なら関西にはない江戸前の鮨とか天ぷらとか蕎麦がいい。そう思っていた。だが、この千夜千食のアドバイスをもらうのに食事することとなったK氏のリクエストが和である。すぐ近所に面白い和食もあったが、この日はNG。ダメ元で電話したこちらに運良く席があった。元々一度はこちらの本店には来てみたかった。セカンド店なら試してみるにはうってつけ。意気揚々と、期待しつつでかけた。

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 めざす店は、銀座エルメスのすぐ裏手。階段をトントンと降りた地下一階にある。のれんをくぐると、左手に白木のカウンター。そして私たち以外は外国人。先日の京都でもそうだったが、昨今某タイヤメーカーのガイドブックのせいか、星をとっている和食には外国人が押し寄せる。そしてみな神妙に料理の説明を聞き、実に楽しそうに食べているのだ。そんな時代になったのだなとうれしく思う。

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 グラスシャンパンで乾杯した後、黒龍のしずく酒「火いらず」をボトルで頼む。さすがに黒龍、四合瓶などあっという間である。こちらの料理は盛りつけに斬新な工夫がある。最初のひと皿は、貝殻に盛られたたいらぎと16種の春野菜の和え物。たけのこ、こごみ、野蒜、あぶらな・・・ああ、もう思い出せないが、それら春野菜が立体的に盛りつけられたインパクトあるひと皿。続いて煮物碗。私はこの味で、その店との相性をはかる。私が愛する京都のそれに比べると多少の塩気は感じるものの醤油くささはなく好きな方向の味である。ここがクリアできれば、がぜんこの後が楽しみになってくる。造りは淡路島の鯛に徳島のアオリイカ、横輪。塩と醤油、好みでどちらでもという趣向。わざわざ神戸から来て、東京で淡路島の鯛を食べる。今さらながら、築地で手に入らない素材はないのだとしみじみ思う。焼き物はたけのこと鰆。うーん、東京で鰆の焼き物が食べられるとは。これも驚きである。申し分のない鰆である。続いての蒸し物は桜餅を模した餡かけ。このへんから酒がすっかりまわってしまい、最後の方の記憶がない(笑)。

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 ただし、デザートのイチゴのソルベだけは鮮烈に覚えている。だって、凍らせたシャリシャリのイチゴにロゼシャンパンをしゅわしゅわ注ぐんだから。

 料理の味だけでなく、趣向も含めて楽しませてくれる店である。カウンター越しの会話にしても、立ち入ってもよい話とそうでないのをちゃんとわきまえていると思わせる節度を感じ、とても気持ちがよい。いい意味でのサービス精神が横溢している店である。また来る機会をつくりたい。そう、私が愛するのはこれくらいの規模のカウンター割烹。目の前で料理人の包丁さばきを見られるという点で、今もっとも贅沢で、もっとも旬で、もっとも信頼できる形態ではないだろうか。