ナイルの「ムルギランチ」
歌舞伎に行くのか、ナイルに行くのか。
いや、東銀座に行くのならどっちも大事でしょ。
歌舞伎役者さんにも熱烈ファンが大勢いるそうよ。
もう15年くらい前の話だ。テレビの海老様特集で、「俺、歌舞伎座のとき、ほとんど毎日カレー食べてる。旨いんだよ」という発言を聞き、ここかしらと旧歌舞伎座の三階にあったカレースタンドに行った。別に普通のカレーである。ここではない。歌舞伎座の係員のおねえさんに、「海老様ってどこでカレー食べてるの?」と聞いてみると、「ああ、きっとあそこですよ」と教えてくれたのがナイルだった。
はじめて行って、定番ムルギランチを食べ、コロリと信者になってしまった。そのうち、歌舞伎座に行く前にランチを食べるようになった。しかし、だいたい歌舞伎の昼の部スタートは11時である。ところがナイルが開くのは11時半。一回目の幕間はお昼とかぶるのでナイルは混んでいる。
で、私はどうしたか。
11時スタートの一度目の演目に行かずに、11時20分にはナイルの前に並ぶのである。開店と同時にムルギランチを食し、その後こっそり歌舞伎座の席につく。このような悪習がついてしまったのである。ときには30分の幕間に猛ダッシュで入店し、「ムルギランチ大特急で!」などとやっているうちに、すっかり顔を覚えられてしまったのである。
以来15年。最近では、入店すると同時に「インドビールね。それにあれね」と自動的に出てくるようになった。インドビールは、マハラジャという銘柄。あれ、というのはすっかりお気に入りになった卵クシンバー(インド風スクランブルエッグ)のことである。卵をギーというインドのバターオイルで炒めており、クミンシードの独特の香りがしてビールとの相性が抜群なんである。そのペアをぼちぼちやりながら、ムルギランチが出てくるのを待つ。
ナイル名物ムルギランチ。
入店するといちおうメニューは手渡されるが、一階に座ろうものなら番人である(失礼、支配人です)ナイルさんに強制的に「ムルギランチね」と決められてしまう。初めてであろうお客さんの100%(断言)はメニューを見る前に「ムルギランチ、もう決まってるよ」と言われ、何がなんだかわからないうちにメニューを取り上げられる。これが、ナイルの儀式。だけど、そのムルギランチは一度ファンになると病みつきになる味なのである。15年間ずーっと病みつき。
そして、ムルギランチが運ばれてくる。
もうひとつ、儀式がある。
それは、目の前でナイフとフォークを使って、鶏のもも肉を解体して食べやすくバラバラにしてくれるのである。
しかも。
ムルギランチを構成するのは、7時間も煮込むという地鶏のもも肉、キャベツ、マッシュポテト、イエローライス、でその上にたっぷりカレールーがかかっている。これを「ぜぇんぶ、グチャグチャに、全面的に混ぜてね〜混ぜれば混ぜるほどおいしいからね」と全面的に混ぜさせられるのだ。この風景、ナイルの風物詩でもある。
だけど、私は食べながら少しずつ混ぜたい。何と言われようと、自分の好きなように食べたい。何回も頑なに抵抗しつつぐちゃぐちゃにせず食べているうちに、全面的にあきらめてくれるようになった。
ムルギランチ。こんなに美味しいものが、たったの1500円である。