千夜千食

第10夜   2014年正月元旦

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韓国街の「ソルロンタン」

それは旨そうに白濁している。
それは見るからにこってり系である。
が、実は、味のないスープである。

 韓国料理などめったに食べないのに、新年はじめての食事でなんとNYのコリアンタウンに出向くことになった。滞在していたNoMad Hotelのニューイヤーズイブパーティーが終わったのが午前2時半頃。シャンパンを浴びるほど飲んで年甲斐もなく踊ったりしたので、微妙に空腹である。NYに住む友人がコリアンタウンに行って「ソルロンタン」を食べようと誘う。なんだか楽しい響きである。それ何?と聞くと、白いスープの中にごはんと麺が入っているという。え?実は同じ皿や丼に形の違う炭水化物が入っていると、途端に食欲を失いどんなに美味しいと言われようと食べられなくなってしまうのである。かちんうどん。うどん入りおじや。そばめし。焼きそば定食も、ラーメンライスも、同時には食べられない。でも、ま、スープだけ飲むという選択もあるか。小腹も空いているし、ラーメンほどカロリーもなさそうだし。さっそく、コリアンタウンへと足を伸ばした。

 NoMad Hotelはブロードウェイ28丁目。コリアンタウンまでは4ブロックだ。歩いて5分とかからない。それにしてもこのエリアに足を踏み入れるのは何年ぶりだろう。3時近いのに目的の店は煌煌と発光している。どうやら客もいっぱいのようだ。肉の焼ける香ばしい匂いも立ちこめている。

店内

 愕然としたのはその店がなんとあのホテルの中にあったことだ。嘘でしょ。

 NYに通いだした二十数年前。まだHISが秀インターナショナルと呼ばれていた頃に、エアー&ホテルという格安チケットを買ったことがある。そのときのホテルがここだった。当時の32丁目ブロードウェイ界隈というのは、庶民的といえば聞こえはいいが、はっきり言ってあまり治安がよろしいとはいえないエリアだった。まだ韓流の兆しもないような時代だったから、単身コリアンタウンに泊まるというのは無謀とも言えた。案の定、たぶん韓国から来たであろう男の子のグループに目をつけられ、深夜に部屋のドアをノックされたり、電話をかけてきてからかわれたりした。こんなホテルに泊まっておられるものか!怒り心頭に達した私は、翌日即座にチェックアウトし、他のホテルに移った。そもそも外出から帰ってフロントに部屋番号を告げると、こちらの名前を確認せずにキーを渡すような不用心さがあった。この体験は、後に泊まるホテルにこだわるようになるきっかけともなったのだった。一人旅のニューヨークでいちばん大事なのは、一に安全、二に安全。その怖くて嫌な思いをしたホテルの名前を忘れるはずがない。煌煌と輝くホテルのネオンを見て、瞬時のうちにそのときの記憶がよみがえってきた。

 二十年の歳月を経て、なんと変わったものだろう。リノベーションは、NYホテルの常ではあるが、それにしても、だ。コリアンタウンそのものも、ソウルの明洞(ミョンドン)や狎鴎亭(アックジョン)と見まごうばかりで、すっかりエッジーな雰囲気になっている。日韓首脳同士が緊迫した関係にある時期なので、ほぼ満員の店内で日本語で会話するのは妙に憚られた。(あかん、日本語しゃべったら追い出される〜、などと交わすブラックジョークは楽しいのだが)

 さて、「ソルロンタン」である。

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「ソルロンタン」は、牛の肉や骨を長時間コトコト煮込んでつくるスープ。骨髄まで煮出すのでエキスがたっぷりで白濁している。この店では、米と麺が一緒に入っている。ごはん抜きにできるというので、私は麺だけにしてもらった。白濁しているスープを見ると反射的に博多系豚骨スープを連想してしまうが、かなりあっさりしている。というかいわゆる「うまみ」というものが感じられない平坦な味である。調べてみたところ、調理時にはほとんど味付けせず、好みで塩コショウ、唐辛子などを入れ食べるものらしい。キムチなどを入れてもいいのだという。つまるところ、豚骨ラーメンに紅ショウガを入れるような感覚かしらと思う。

 まずは、軽く塩胡椒を振ってみる。とたんに白濁しているスープがくっきりと際立つ。次に刻んだ葱をたっぷりのせる。ここまでは想定内の味だ。そして、こわごわとキムチを入れる。唐辛子の赤がスープに溶け出し、妙に食欲をそそる風情になっているではないか。酸味が加わると、味にぐんと奥行きが出るような気がする。うん、これ悪くない。

 ソルロンタンにキムチ。豚骨スープに紅ショウガ。

 微妙な味や調理法は違うにしても、かの国と日本、似て非なるのではなく、こんな白いスープさえも非ではあるがどこかやっぱり似ているのだ。

 かつて大陸からの文化を伝えてもらった中継地であり、朝鮮からも多くの恩恵を受けてきた私たちの国日本。隣国として、文化を伝えてもらった国として、本質的なところの相互理解と違いをしっかり認め合うことは必要だし、そのコミュニケーションにはさまざまな方法があるはずだ。スパイス次第でいかようにも味を変える「ソルロンタン」を啜りながら、日韓のAIDAに思いを巡らせた元旦だった。