千夜千食

第92夜   2014年6月吉日

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二期倶楽部の「ディナー」

心地よい空間でいただく至高のフレンチ。
那須の食材を活かしきった
珠玉の二期・キュイジーヌは虜になる完成度。

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 二期倶楽部の北山ひとみさんとは、松岡師匠のイベントでお近づきになった。その後、「山のシューレ」のご案内をいただいて興味津々だったのだが、スケジュールが合わずに断念していた。やがて一年がたち、再び「山のシューレ」の季節がやって来た。行こうと思えば行ける。3日全日参加は無理だが土日ならなんとかなりそうだ。尊敬する原研哉氏の講演もある。迷っている私の背中を押してくれたのは松岡師匠のハイパー企業塾でご一緒している山口氏である。毎年奥様と参加されていると言う。なにより、「あそこは、食事がいいですよ」と言うではないか。食事がいい!そのひと言で、即、申し込んだのであるから、我ながら笑ってしまうほど現金である。食べ物に釣られている。

 そうして参加した去年の二日間があまりにも充実しており、イベントとしての用意周到さや、きわめて真っ当な内容にも感動したが、二期倶楽部そのもののホスピタリティにもすっかり参ってしまったのである。なので、今年は一日休みをとって、全日参加することにした。

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 山のシューレとは、二期倶楽部を舞台に毎年夏の三日間開かれるサマーオープンカレッジ。シューレとはドイツ語で学校を意味する。山の中で自然に耳を傾けながら、哲学、経済学、生物学、文学、デザイン、建築学、音楽、日本学などさまざまな物ごとについて学び、領域を超えて交差し語り合い、思想を深めあうという催しである。なんと壮大かつ魅惑的であることか。昼間はシューレ。夜は宿泊施設としての二期倶楽部のホスピタリティを堪能するという、きわめてエクスクルーシブな大人のイベントなのである。

 もちろん舞台の中心となるのは、二期倶楽部。4万2000坪という広大かつ豊かな敷地の中にある部屋数わずか42室の滞在型ホテル。一流ホテルのしつらえでありながら、上質のオーベルジュでもあり、リゾートホテルでもあり、日本流旅館のホスピタリティも持ちながら、自然の光や風を感じることのできる希有な場所である。

 はじめてここのディナーをいただいたとき、ワインリストを見せてもらったが、その分厚い充実ぶりに驚いたことをよく憶えている。膨大なストックがあるということはそれを注文する顧客が継続的にいるということでもある。料理もたしかな味であった。何より、那須近郊や栃木で取れる素材ベースの地産地消でありながら、きわめて洗練されていて、実に見事で美味なるフレンチなのである。今回もそれを楽しみにやってきた。

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 メインダイニング“ラ・ブリーズ。高い天井と大きなガラス窓のインテリアが心地よい空間である。まずは、”筍の洋風茶碗蒸しアオサのコンソメスープ、桜海老のガレットを添えて。筍やアオサとかの食材に驚いてしまうのだが、れっきとしたフレンチになっている。和の食材を使いながらも、コンソメがブレずにくっきりと立ち上がっていてそれだけでシェフの力量と遊び心を感じるひと品である。“春宵の富貴寄せ”旬鮮魚と山菜のマリネ 東風薫るクレソンのソースも、アソートを吹き寄せに見立て、さらには吹きと素材の富貴さを重ねているのが心憎い。盛り付けは完全にフレンチのテイストである。クレソンの香りと味はこっくりと濃い。鮮魚のポアレとホワイトアスパラガスには、軽くグラチネした白ワインソースがあしらわれ、山菜のフリットが添えられている。香ばしさと芳醇なソースとの相性に唸る。ううむ。メインは酵素熟成“ドライエイジング”。今やすっかり定着しつつある熟成牛である。肉の滋味を噛み締める。新じゃがのピュレとトマトのダッチオーブン焼きもシンプルにして奥行きのある味わい。那須の山の恵みがひと皿の中に凝縮されている。 デザートはミルフィーユ。チョコレートとキャラメルソースがたまらない。食後の珈琲をいただきながら、本日のシューレについて思いを馳せる。

 オープニングは「聖なる場所の力」というお題で宗教人類学者植島啓司先生による講義であった。倭人というのは実は海の民だったという仮説から龍神信仰へといたる話が面白く、そもそも一体龍とは何なのか、想像がふくらんでいく。伊勢と諏訪はたしかに龍神信仰でつながっているのだ。パート2はその植島先生とランドスケープデザインのハナムラチカヒロ氏、美術史の伊藤俊治さんの鼎談。那須という聖地で、そもそも聖地とは何なのか展開していく。人間の移動の記憶をひとつの場所に封じ込めたものが聖地ともいえるし、共同の磁場としてとらえる未来的アプローチもあった。伊勢神宮は人工的な聖地であるという指摘は腑に落ちた。夕方からは安田昇さんによる開き舞台、イタリア能「オルフェオの冥界下り」。ギリシャ神話の物語をベースにした創作能は能管だけでなく、オペラ歌手、チェンバロや狂言、コンテンポラリーダンスとのコラボレーション。異界をめぐる話もまた、精神の聖地を探す作業なのかもしれない。

 アタマも、こころも、胃袋も、新しい刺激と満足で満たされる三日間。その幕開けにふさわしいオープニングシンポジウムと、ディナーであった。