千夜千食

第102夜   2014年6月吉日

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白金「モレスク」

この店の吸引力とは何だろう。
「 活気・才気・景気 」
多彩な気がいつも満ち満ちている磁場の秘密が知りたい。

 連泊で上京すると一度は行ってしまう店である。どうしてだかわからないけど、いつも気がつけばふらふらっと立ち寄ってしまう。たいていはひとりである。ひとりの方がなんだか楽しい店なのである。第39夜でこの店に漂う素敵な空気の正体は「feel cozy」だと書いたが、足繁く通ううちにそれだけではない、実に多彩な「気」で満ちているような気がしてきた。

 流行っている店、居心地のよい店にはその場所ならではの活気がある。適度なざわめきと言い替えてもよいのだが、くすくす、わははは、へへへという笑い声、ときにきゃあという嬌声、ざわめいているしゃべり声。ぽん!とシャンパンの栓が抜かれる音、からんと食器にカトラリーがあたる音。じゅっと肉の焼ける音、そして旨そうな匂い。皿と皿がカチッとあたる音。客同士が挨拶したり、ハグしたり、ぎゃあぎゃあ騒ぐ声。グラスとグラスがコン、と挨拶する音。しゅぽっ。煙草に火をつける音。そして煙草の匂い。香水のよい香り。客が入れ替わり立ち替わるたびに新しい音や匂いが生まれ消えていく。カウンターに座っているだけで、自分自身の思考が店の活気によって自在に動き、臨機応変にその場の空気になじんでいくのがわかる。大人が集うパリのカフェって、こんな感じなのだろうか。(残念ながら、パリは2回しか行ったことがないが・・・)

 この活気を生み出している張本人は、もちろんオーナーである福島さんではあるけど、それだけではない。シェフも一応料理担当ではあるが、ときに接客もするし、酒をついでくれることもある。福島さんも、積極的に皿を下げたり、酒を注いだりと、いつも縦横無尽に立ち動いている。役割が固定されていないのである。接客する側が自在に立ち働いているというだけで、店全体にライブな動きが生まれている。彼らが醸し出す接客へのめくるめく才気と、常連客たちが放つさまざまな分野の才気がぶつかりあい、融け合って、この空間ではいつも「モレスク」にしかない景気をつくっている。料理も会話も素晴らしいけれど、私はきっとここにあふれているこのエクスクルーシブな景気というものに魅せられているのだと思う。

 こんな店はなかなかない。美味しい黒板料理を食べに行くビストロとして。シャンパンやワインを楽しむサロンとして。ウィスキーをちびちび飲るバーとして。ナイトクラビングの仕上げととして。予期せぬ出会いを期待する社交場として。この奥行き、ちょっとはかりしれないアナログなソーシャルネットワークを生む場所である。クラブとサロンというものについては師匠松岡正剛の千夜千冊第1502夜を読んでもらうとして、まあここからいろんな面白いコトがどんどんディスチャージされればいいなと思っている。

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 おっと、本題の千夜千食に入ろう。今宵は、冷製グリーンピースのポタージュとコンソメのカクテルからスタート。こういったアミューズ的な一品はいつも充実しているが、季節的にも目に涼しい。豆の独特の香りとコンソメのゼリーのマッチングが絶妙である。いさきのカルパッチョゆずドレッシングとレンコンと海老の焼きテリーヌはいつものようにハーフ&ハーフにしてもらう。そしてなんと、カウンターに丸のまま置いてあった加茂茄子はグラタン仕立てになった。白金で加茂茄子を食べられるなんてね。メインは、牛ステーキをサッと焼いてもらった白アスパラ添え。こういう美味しい料理を食べながら、ワインだけでなく泡もスコッチも飲めて、食後にはウォッシュ系チーズなどもいただける店。そのうえ、煙草も吸い放題。

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 白金のサロンといえばちょっと上品な感じであるが、私は「モレスク部」に入れてもらって、たまに遠方から部室に遊びに来る準部員って感じかな。この場は一見は閉じられているかのように見えるけど、ひとたび中に入ってしまえば限りなく開かれている。