油面イタリアン「メッシタ」
気取らないイタリアの美味しいごはんが食べたきゃ
やっぱりここに来なくっちゃ。
シェフの心意気と力量を思い知らされるイタリア食堂。
イタリアは二度しか行ったことがないし、いずれも駆け足だったので、リストランテの食事しか体験がない。それはそれでどの店も感動したけど、もう少しくだけた食堂っぽい店にもチャレンジしたかったなと思う。だけどこの店を知ってからは、わざわざイタリアに行かなくても、予約さえ取れれば、気取らずカジュアルで、美味しいものが食べられるのである。この雰囲気、映画の「かもめ食堂」に似ているような気がしている。あれは和食のお店だったけど、いい素材をあたりまえのようにざくざく使って、自前のレシピと目分量で大胆につくる。店主役の小林聡美が余裕綽々で繰り出すメニューの数々は、シズル感満点で、おなかがぐーっと鳴ったものだ。この店はそのイタリアンバージョンみたいな感じ。私にとっては「鈴木食堂」である。
メッシタという名前は、イタリア語で酒場という意味だそうだ。そうか、食堂ではなくって酒場なのね。近所にあるみんなが気軽に入れる食堂兼酒場。ワインを飲みながら、その日食べたいメニューを選んで、わいわい楽しむ。そんな雰囲気をイメージしてきっと名づけたのだろうなと思う。ネーミングだけとっても、オーナーシェフの鈴木美樹さんの頑としたこだわりが感じられる店である。
初めて行ったときの感動は第89夜を読んでもらうとして、今回参ったのは前にもましての骨太さ。前菜はマグロのカルパッチョなのであるが、なんとクスクスが添えられているのである。「こんな取り合わせ、はじめて食べた」と言うと「シチリアじゃ、リストランテの賄いでポピュラーなので」と返ってきた。ふーん。こういうのを彼の地では賄いで食べるのか。マグロは大胆なぶつ切り。それにまるでチャーハンと見紛うばかりのクスクスが添えられている。が、チャーハンのように重くなく、あくまでも軽い食感。それにしても意表を突く組み合わせである。イタリア人の手にかかるとあのマグロがこうも逞しくなるのかという新鮮な驚きもある。これだけで行ったことのないシチリアを旅している気分になってくる。
続いて驚かされたのは、名物メニューのひとつであるハムカツ。え?これがハムカツ?日本のハムカツの薄くてペラペラしているのをイメージしていると、ものの見事に裏切られます。ハムが立方体。イタリアンな体型のハム。それをカツというよりフリッターみたいに揚げている。ぺらんじゃなくて、ゴロン。凄いボリュームなんである。ところが、衣はもっちりしながら、サクサク軽い。あらら、これならいくつでも食べられそう。ハムの微妙な塩気もいい塩梅。これも彼の地では賄いメニューなのだそうだ。この二品だけでも、私の知っているイタリアンとはずいぶん違う。
鈴木シェフは、都内イタリア料理店に務めた後イタリアでも修行。それを2回繰り返しているが、日本で三度目の修行をした後、再びイタリアへ。三ヶ月で120軒を食べ歩き、帰国してこの店をオープンさせた。知られざる料理法、裏方ならではの工夫、素材との向き合い方を武者修行にも似た食べ歩きで再確認、元々修行していたイタリア料理の腕に、独自の発見が加わったら、怖いものなしである。リストランテのシェフの実力がありながら、庶民的なイタリアの普段のごはんを提供する。これぞ、筋金入りのシェフであろう。その姿勢に惚れる。男だったら嫁さんにしたいと思うだろう(笑)。
さてさて、〆のパスタもこちらの名物ミートソース。これも想像していたのとはまったく違う。ミートソースというよりは肉の細切れが乗っかってるという感じの大胆不敵さ。しっかり塩胡椒されたジューシーなお肉が、太めの麺にしっかりからんで、こたえられないガテン系。トマトのミートソースだけが、ミートソースじゃないことをしっかりと教えてくれるひと皿である。
この日、お隣に座っていた某俳優さんが、美味しい赤ワインを振る舞ってくださった。こういうときは流れにさからわず、素直に有り難くいただく。彼も、鈴木シェフの繰り出す料理のファンであることは、ひととき同じカウンターに座っているだけでよくわかる。
デザートにはクリームブリュレ風のカスタードクリームをいただいた。名前をなんと言うのか失念してしまったが、イタリアのお母さんが作ってくれるスイーツとはこのように甘美なものかと痺れる美味しさだった。
次はいつ行けるだろうな。こんな店があると、東京に住むのも悪くないなと思ってしまう。