「雪の科学館」でランチ
生涯「雪」を愛し、「雪」を研究し続けた中谷宇吉郎。
その功績をたたえ建てられた「雪の科学館」。
柴山潟を眺めながらのランチは、格別の思索時間。
中田宇吉郎を知ったのは、松岡正剛師匠の「千夜千冊」によってである。記念すべき第一夜が、中谷宇吉郎の「雪」なのである。
師匠が「雪」を読んだのは高校生の頃。雪という主題に一心に向かっているところがロマンティックかつ一途だと思っていたそうだ。ところが、ここを訪れ、少しその印象が変わったという。中谷宇吉郎がいかにダンディズムに富んだ生涯をおくったか。館内に展示されている研究遺品や生活用品のひとつひとつが粋で、その粋が雪の科学に通じる粋だと感じるのである。そして、改めて「雪」を読み、高校の時にはわからなかった「言葉の態度」というものの美しさに気づくのだ。以下、抜粋する。『中谷は地上の雪にはいっさいふれないで、天から降ってくる途中の雪だけを凝視しつづけて本書を書いていたことに気づかされるのだ。〜中略〜 ああ、とてもいい気分だった。読みおわるとそんな気にさせる。こういう読書を一年に二、三度はしたいものである』
山代温泉の宿で地図を見ていて、「雪の科学館」が意外に近くにあることがわかった。タクシーで30分くらいの距離なので、出かけることにした。建物は、磯崎新による設計。緩やかなスロープの橋を渡り、雪をイメージしたという六角塔に向かう。中谷宇吉郎の年譜コーナーには、師匠が感動した「粋」が展示されていた。ご本人の写真も確かにダンディ。ベレー帽などを粋にかぶっておられる。恩師である寺田寅彦からのハガキもあった。雪と氷の実験コーナーがすこぶる愉快な体験コーナーだった。ダイヤモンドダストやアイスフラワーを観察できたり、雪の結晶を見せてくれたり、お子様には氷のペンダントなどをつくってくれるのである。久しぶりに小学生に戻ったような気分になった。
科学館の中庭は博士が最後の研究をしたグリーンランド氷河のモレーン(氷堆積)の石の原。時間が来ると人口霧がたちこめる。そしてその先にはティールーム「冬の華」がある。このあたりは潟が多いらしく、この科学館も柴山潟に接した場所に建てられており、ティールームの窓の前には潟の風景が広がる。四国、関西周辺で暮らしていると潟というものにあまりなじみがないのだが、いわゆるラグーンというものである。潟から川につながり、その先は海へと続く。日本海近辺の風景の特色は潟に集まると柳田国男も書いているが、沼でもないし、湖でもない自然が作った不思議なかたちである。
その景観を眺めながら、マフィンセットで軽めのランチをとった。チーズとブルーベリーにフルーツの小皿とドリンクがついてくる。時間をかけて淹れる珈琲の香りにホッとくつろぐ。ゆるゆると流れる時間。目の前には柴山潟。後ろの石の原にはグリーンランドから運ばれたモレーンの石の原。ときおり、人口霧がシューッという音とともにたちこめる。本来ならありえない自然と自然のマッチング。中谷博士の最後の研究の場となったはるか遠くの土地の石は、今は博士の生まれ故郷にすんなりとおさまっている。
◎有名な『雪は天から送られた手紙である』という言葉もロマンティックだが、「雪の科学館」ホームページトップで紹介されているこのフレーズも素晴らしい。ここに引用させていただく。
夜になって風がなく気温が零下十五度位になった時に
静かに降り出す雪は特に美しかった。
真暗なヴェランダに出て懐中電燈を空に向けて見ると、
底なしの暗い空の奥から、 数知れぬ白い粉が
後から後からと無限に続いて落ちて来る。
それが大体きまった大きさの螺旋形を描きながら舞って来るのである。
そして大部分のものはキラキラと電燈の光に輝いて、
結晶面の完全な発達を知らせてくれる。
何時までも舞い落ちて来る雪を仰いでいると、
いつの間にか自分の身体が
静かに空へ浮き上がって行くような錯覚が起きてくる。
中谷宇吉郎「冬の華/雪雑記」より