新地ステーキ「榊原」
サーロインの脂味をフィレのおだやかさでなだめつつ
交互にいただく贅沢なポーターハウス。
年取ると、やっぱりしっかり肉を食べなければね。
肉食だと思われがちであるが、私は肉食ではない。
「千夜千食」を読んでくれている人なら、私が圧倒的に魚が好きであることをご存知であろう。別に肉は嫌いじゃない。ただ、肉か魚かと問われると、魚!なのである。
そもそも、焼き肉は選択肢にない。ステーキハウスとか肉を食べさせる鉄板焼きなどは、長く生きているのでまあちょくちょくはある。フレンチやイタリアンなどのメインでも普通に肉は食べる。ただ、今日は肉を食べるぞ!的肉食の人のような意気込みはないのである。それでも、今まで二軒だけ、印象に残っている店はある。
一軒は神戸のステーキハウス「麤皮(あらがわ)」。こちらは、神戸でも垂涎かつ最高峰の神戸牛を出す名店で、完璧な火加減の炭火で焼かれたたステーキの旨さは今でも舌が覚えている。シンプルな塩胡椒だけなのに、濃厚に甘く、とろけるように柔らかい霜降りの肉。そのあまりのリッチさは、向こう一二年、もう肉は食べなくてもいいやと思わせるくらいの質量であった。もう一軒はニューヨーク・ブルックリンにある「Peter Lugar」である。こちらはなかなか予約が取れないのでも有名で、行こうと決めてからタイミングの良い時間が取れるまで三年の月日を要した。NYに住む友人たちと4名ほどで行ったのだが、予約してくれた友人によると予約の一週間前には先方からコンファームの電話があったとか、カードは使えないから現金をちゃんと持ってこいとか言われたようである。おまけに、店の隣には ATMまであって、そのちゃっかり具合には思わず笑ってしまった。ブルックリンへと向かうタクシーの中で、今日はPeter Lugarだから現金握りしめてきたなど会話を交わし、盛り上がったこともよく覚えている。そして肝心の肉も、ちゃんとしたアメリカン・ビーフがいかに旨いかを納得させてくれるものだった。肉はポーターハウスという部位で、T字型の骨付き肉。骨を境にフィレとストリップに分かれており、柔らかな部位と脂味の多い部位両方を楽しめるのである。特筆すべきはここのクリームドスピナッチ(ほうれん草のクリーム煮)で、とろとろに煮込まれたほうれん草に塩が効いた味わいには正直ノックアウトされたものである。
前置きがすっかり長くなってしまったが、今夜はそのポーターハウスを大阪新地でいただいた。ここは、クライアントのおじさまご贔屓のお店で、ときどき連れてきてくださるのである。メインにいたるまでの牛刺しとか、アスパラガス&ベーコンとか、バターコーンとか、コブクロとか、無造作に、ごろんと皿に乗せられ出されるのだが、すべて素材で勝負しているから文句なしに旨い。丸ごと揚げたにんにくのほくほくで甘いことと言ったら。そして、どどーんと出されるポーターハウスは、「どや」という顔でご覧のとおりの豪快さ。フィレとサーロインを交互にいただくのであるが、これは肉食の人にはたまらないであろう。普段あまり肉を食べない私でも、ついぱくぱくといっちまう。がそれにしても、8ピースくらいが限度である。
シメはセイロン風カレーで、これはここの名物である。コースのシメにカレーというのは10年ほど前からちょっとしたフレンチなどでも定着しているが、元々はここが発祥であるとも聞く。シャバシャバしたタイプのカレーを私は“シャバこい”と呼んでいるが、そのシャバこい好みのタイプである。薬味は5種類ほど。面白いのはイカの塩辛で、これが意外にカレーと相性がよいのだ。辛さも、中辛、辛口、大辛、激辛と選べるので思い切って辛口にしたが、最初こそ口の中が燃えるのだが案外平気であった。最後は野菜ジュース。これにウォッカを入れて飲むとカレーで真っ赤になった口の中が、すーっとおさまるのである。
たまに肉食というのも悪くない。